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『血の郷愁』バンカレッラ賞最終候補作!シリアルキラーの完璧なる模倣

ダリオ・コッレンティ氏の「血の郷愁」という本海外ミステリー
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実在する十九世紀の連続殺人犯、ヴィンチェンツォ・ヴェルゼーニを題材としたミステリー小説である本作は、イタリアで最も権威ある文学賞のひとつであるバンカレッラ賞にノミネートされたことでも話題を呼んだ。世界十五カ国での翻訳も決定している。P570(訳者あとがきより)

「これはおもしろそうだ!」となるわけである。しかし、あらすじと感想を書くまえに、

グロい箇所がある。そのような話が苦手であるという人は、この先を読まないことをおすすめする。メインの部分であるため、そこをさけて紹介するのは困難なので理解いただきたい。

道路に立つ蛙

ということで、まず主人公のマルコ・ベザーナは、

  • ミラノの有力紙の社会部記者(男性、58歳)
  • 妻と子どもがいるが別居中(主人公が家を出ている)

このような人物である。そして冒頭は、殺人現場に駆けつけたあとのマルコが車を運転しながら、電話で社会部デスクに報告をする。だがその途中、充電が切れてしまい、高速道路のサービスエリアのカフェに入るのだ。

携帯電話の充電をウェイトレスに頼み……すると、携帯電話に社会部デスクから着信があり、

「五千字だ。譲れないぞ」マルコは言った。「三十年もこの仕事をしているが、あんなにひどい代物は見たことがない。捜査班は悪魔崇拝者による犯行の線で調べている。そう聞けば、だいだいわかるだろう。バッテリーが切れそうだから手短に言うぞ。――」P9

あんなにひどい代物は見たことがない。捜査班は悪魔崇拝者による犯行の線で調べている。ひどい代物というのが下記である。

被害者は27歳の女性、口に土が詰めこまれ、身体を切りひらかれて内臓を抜きとられ、子宮を持ちさられ、足の一部を食べられ、精液が付着していた。ふくらはぎの一部は百メール離れた場所で見つかり、遺体の近くの石の上には、十本の針が並べられていた。それに、

「検事代理は、単独犯ではなくカルト集団による犯行との見方を変えていない。というのも、二種類の異なるDNA型が検出されたんだ。ひとつは当然、噛まれた痕から。もうひとつは別の場所、つまり精液からだ。どちらも鑑識に回されている」P47

ふたりのイカれた人物がタッグを組んだのか……それとも、イカれた奴が集まった団体の仕業なのか……。頭のイカれた奴はひとりでじゅうぶんである。

そして、マルコがひとりで調査しようとしていたとき、事件の詳細を知らないはずのイラリアから電話がある。イラリアは新米女性記者で、父親が母親を殺し、加害者家族であり被害者家族でもある、という人物だ。

「こんばんはって、まだ昼だけど」マルコはそっけなく答えた。
「ああ、はい。そうですね、すみません。こんにちは」
しつこいやつピアットラ。編集局では彼女をそう呼ぶ者が多い。別のあだ名で呼ぶ者もいるし、名前すら口にしない者もいる。確かに、彼女はまわりの人にしつこくまとわりつくタイプだ。そのピアットラが、俺になんの用だろう。
「用件はなんだ?」P13

連続殺人犯だと言いだし、「遺体のそばに針があったのでは?」「口のなかに土が詰められていたのでは?」と質問されたのち、日付が一致していることを告げられ、さいごに19世紀の事件のことを教えられるのだ。

次々と事件が起き……どうして犯人は19世紀のシリアルキラーを模倣するのか……その事件の真相を、マルコとイラリアは追う……という物語である。

本書は人肉嗜食カニバリズムのことにふれている。『実話、日本人、海外で人食い』という3つの言葉で、あの事件を思いうかべる人はいるだろう。その話が作中にでてくるため、胸糞が悪くなる。思い出したくなかったな、と……。

そして欠点は……舞台がイタリアの、イタリアの小説、メインの登場人物「イラリア」……「トイレ」と「トレイ」みたいで読みづらいのである。

しかし、物語がジェットコースターのように展開するため、ページをめくる手をとめることができない。それに、主人公のマルコのキャラクターが秀逸である。

イラリアとの会話では、

「息子さんと仲はいいんですか?」
「そうでもない。俺はヤコポは家庭が崩壊したのは全部俺のせいだって思ってる。ある意味そうなんだが。俺は妻にベタ惚れだったけど、頭じゃなくて下半身で動いていたんだ。そのうち妻は、俺に愛想を尽かして別の男に走った」
「まだ奥様を愛していらっしゃるんですか?」
それを聞いてマルコは思った。こいつ、俺がいまだに下半身で動いているかどうか訊いているんじゃないだろうな?P129

ヤコポ(息子)との会話では、

「俺の仕事をそんなにむなしいものだと思っているのか?」
「そんなことはないけど、仕事だけが人生じゃないからさ」
「おまえは、うちがこうなってしまったのは俺のせいだと思っているのか?」
「うん」
マルコはビールを一口飲んだ。少なくとも俺の息子は正直だ。
「おまえは殺人事件に興味はないのか?俺には理解できないな。事件は皆の好奇心を刺激するのに」
「興味ないね。父さんは殺人事件の話ばっかりだ。それ以外のことを話してるのを見たことがない」
「俺には仕事しかないからな」
「そうだね。父さんも誰かとキューバに行ってくれば?いい気分転換になるよ。行くなら今なんじゃない?」
こいつまで俺の定年退職を望んでいるとは。マルコは荒々しくピザにかじりつき、むさぼり食った。
「ひとつ言ってもいいか?俺にとっては、キューバなんかどうでもいいんだよ」
「わかってる。まさに、それが父さんの問題だよ。父さんにとって大事なのは、おぞましい殺人事件だけだ。俺にはそれがなぜなのかまったくわからない」
マルコはウェイトレスに会計を頼んだ。これ以上こんなところにいるのはごめんだ。相手の言い分を理解しようともしないやつに、自分の哲学を説明したくなどなかった。
「本当にデザートはいらないのか?」
「いらないよ。満足してる」
「羨ましいね。俺は満足したことなんか一度もないよ」P435〜436

ひとり息子に仕事のことをまったく理解してもらえず、辛辣なことを言われるのだ。

訳者としては、物語を引っ張る主人公であるマルコが特に魅力的だと考えている。精神的に不安定なイラリアを叱咤激励しながらも、愛してやまない仕事を失いつつある現実にひとり戸惑っている。プライベートでは、妻と息子を大事にしたいと思いながらも、性悪な若い女性につい心奪われてしまう。弱い部分があり、口も悪いが、温かい。そんな人間臭さが魅力的だ。P572(訳者あとがきより)

さいごに著者のことなどの情報を引用して締めくくりたいと思う。

本作は男女二人組の覆面作家によるデビュー作という異色の作品である。P570(訳者あとがきより)

ということらしいので、ぜひ読んでほしいのである。

北イタリアの村で発見された女性の変死体。定年間近の新聞記者マルコは、インターンのイラリアからある情報を得る。ふくらはぎを噛みちぎり、内臓を抜き、死体の傍に針を置く残忍な手口が、イタリア犯罪史に名を残す19世紀の連続殺人犯のそれと同じだというのだ。二人は村に潜む闇を追うも、カニバリズムを思わせる死体がまた一つ…。歴史と文化に血の香りが混じりあう、重層的スリラー。

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