今回は、笹本稜平氏の越境捜査シリーズの『転生』を紹介する。「三十年前の白骨遺体から、金の匂いが立ち昇る!」と帯に書かれた惹句を見てしまったら、おもしくなるにちがいない、と食指が動くのは当然だろう。
あらすじと感想を書くまえに、越境捜査シリーズの順番を書いておく。
越境捜査シリーズの順番
- 『越境捜査(上) (双葉文庫)』
『越境捜査(下) (双葉文庫)』 - 『挑発―越境捜査― (双葉文庫)』
- 『破断 越境捜査 (双葉文庫)』
- 『逆流 越境捜査 (双葉文庫)』
- 『偽装 越境捜査 (双葉文庫)』
- 『孤軍 越境捜査』
上記のとおりであり、本書の「転生」がシリーズ7作目である。
「転生」のあらすじと感想
主人公は、警視庁捜査一課特命捜査対策室特命捜査第二係の鷺沼友哉である。日曜日の午前10時すぎに、携帯電話の着信音で起こされる。
嫌な予感を覚えながら応答すると、流れてきた甲高い声は、起き抜けにいちばん耳にしたくない種類のノイズだった。
「鷺沼さん、元気なの。近ごろ音沙汰なしだけど」
「できれば死ぬまで音沙汰なしでいたいんだがな。用はないから切るぞ」
「ちょっと待ってよ。こっちに用があるから電話したんじゃない。せっかくいい儲け話を聞かせてやろうと思ったのに」
恩着せがましく言うのは、神奈川県警瀬谷警察署刑事課の宮野裕之巡査長だ。
「またいつもの病気が出たのか。悪いが、あんたみたいな月給泥棒に付き合ってる暇はない」
「またまたうまいこと言っちゃって。毎度、解決の見込みのない迷宮入りの事件を見繕っては、忙しいふりをしてるのはお見通しなんだからね」P3
この宮野という男がいいキャラなのである!
しかし宮野のことを、鷺沼はこのように語るのだ。
そもそもその事件自体が警察組織の利権集団が絡んだもので、犯罪を暴いたのは徒手空拳のタスクフォース。メンバーは鷺沼に係長の三好章、同僚の井上拓海巡査部長が加わった特命捜査第二係の面々に、鷺沼をヒーローとあがめる碑文谷署刑事組織犯罪対策課の山中彩香巡査。そこに横浜の関内でイタリアンレストランを経営する元やくざの大物の福富が、ある因縁で加わった。
問題はその発足当初から頼みもしないのに居座って、警視庁の捜査を悪銭稼ぎのネタにする神奈川県警の鼻つまみ者、宮野という存在だ。P4
神奈川県警の鼻つまみ者だという宮野の用件は、マキオスの会長である男は成りすました別人である、というのだ。マキオスは消費者金融の最大手で、最近は企業買収でIT分野にも手を広げていて、資産総額では日本のトップテンの常連なのだとか……。
成りすました別人ということを証言したのは、ある爺さんだった。30年まえのある日、仲間とふたりで世田谷の留守宅に侵入した。目的は物盗りだ。
家のなかを物色していると、家主が帰ってきた。仲間の男が家主を金槌で殴って殺害し、なにも奪わずに家をでたのだった。その金槌で殴り殺した仲間の男が、マキオスの会長だという。
そして、古い住宅の床下から白骨死体が発見された、という通報があった。現場は世田谷だという。その30年まえの死体と……宮野が爺さんから聞いてきた話が符合し、捜査をはじめるのだ。
「本務の瀬谷署のほうはどうするんだ」
「伯父貴が死んだことにして休暇をとるよ」
「あんたの伯父さんは、いったい何回死んだんだ」
「そういう細かいことを上は気にしないよ。本音を言えばおれがいないほうが嬉しいんだから。休暇願いを出せば喜んで判子を捺してくれるのよ」
宮野は今回も嫌われ者の特権を最大限利用する腹らしい。こんな男がどうして分限免職もされずに月給泥棒を続けられるのか、大いに理解に苦しむが、宮野曰く、上の人間の汚い行動を日頃から抜かりなく押さえているから、迂闊には自分にちょっかいを出せずにいるとのことだった。
それが本当なら、上司にとって宮野はまさに毒虫、毒蛇の類で、人から嫌悪されることをこれだけ自分有利に使いこなせるところは天賦の才と言うしかない。P16
宮野は伯父貴が死んだという嘘をついて休暇願いを出し、鷺沼の自宅に転がり込むのだ。その結果、強引に捜査に関わろうとする。そして、
メンバーは鷺沼に係長の三好章、同僚の井上拓海巡査部長が加わった特命捜査第二係の面々に、鷺沼をヒーローとあがめる碑文谷署刑事組織犯罪対策課の山中彩香巡査。そこに横浜の関内でイタリアンレストランを経営する元やくざの大物の福富が、ある因縁で加わった。
問題はその発足当初から頼みもしないのに居座って、警視庁の捜査を悪銭稼ぎのネタにする神奈川県警の鼻つまみ者、宮野という存在だ。P4
上記の6人が、事件の真相を追う物語である。それに、宮野のキャラクターがすばらしい。ああ言えばこう言うし、仲間に絡みまくるし、勝手に単独行動するし、金の亡者であるしで、ひどい人物なのである。
どうしてそんな人物を仲間にするのか……そう思うかもしれないが、料理の腕は天下一品で、仲間たちは胃袋をつかまれているのだ。「○○を作って待っているからおいで〜」と言われたら、食欲に負けてしまうのである。
「福富君もエキストラで参加してくれるだろう。しかし宮野君がサボるというのは予想外だな」
「そこが気になってるんですよ。普通は声をかけないと除け者にされたといって僻むんですがね」
「急な仕事でもできたのか」
「あいつに仕事なんかありませんよ。休暇願を出すと、瀬谷署の係長がほくほく顔で判子を捺すそうですから」
「じゃあ、私用か。この大事なときに競馬にでも現を抜かすようなら、タスクフォースでの処遇も考えにゃいかんな」
「いや、軍資金がないから、それもないでしょう。ああいう男に彼女ができるはずもありませんし」
「だったらそのあいだ、なにをする気なんだ」
「それを言わないから薄気味悪いんです。きのうは横浜へ出かけて、誰かと会ったようなんです」P303
「あいつに仕事なんかありませんよ」「軍資金がない」「ああいう男に彼女ができるはずもありませんし」と、ひどい言われようである。
「転生」には、「1」から「6」を読んでいないと完全に理解することができないところが数箇所あるので、
上記の作品を順番どおりに先に読んでおくことをおすすめする。越境捜査シリーズはとてもおもしろい……。
笹本稜平氏のほかの作品には、所轄魂シリーズがあるので、未読の方は下の記事を参考にしていただければ幸いである。

刑期を終えた元窃盗犯の老人が告白した過去の犯罪。三十年前、その事件は本当に起きたのか!?鷺沼&宮野の型破りコンビが死んでいるはずの男の過去に迫る!!
コメント