中山七里氏の『ふたたび嗤う淑女』は、『嗤う淑女 (実業之日本社文庫)』の続編である。そのため本作を読む場合、さきに前作を読んでおくことをおすすめする。
しかし前作は、それほどおもしろい作品ではなかったので、期待しないほうがいいだろう。「本作はおもしろくなっているかもしれないな」とわたしはハードルをさげて『ふたたび嗤う淑女』を読んだ……果たしておもしろかったのか……。
というわけで、あらすじと感想を書いていく。
【ふたたび嗤う淑女の目次】
- 1.藤沢優美P5〜
- 2.伊能典膳P69〜
- 3.倉橋兵衛P133〜
- 4.咲田彩夏P199〜
- 5.柳井耕一郎P263〜
- エピローグP320〜
1〜4の人物は、5の柳井耕一郎の関係者である。「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」ということわざがあるように、柳井耕一郎の周辺人物が次々とひどい目に遭わされていく。そして、国会議員である柳井耕一郎を狙う理由とは……という物語である。
藤沢優美
NPO法人<女性の活躍推進協会>の実体は柳井耕一郎の資金団体だった。つまり会費や寄付金のほとんどは、柳井の政治資金として彼の事務所に流れている。スタッフの給料や運営資金はその余剰金で賄われているのが実情だ。この事実を知っているのはオープニング・スタッフ兼事務局長である優美を含む一部であり、また公表できる類いのものでもない。
働く女性のためにと寄付したり会費として納めたりしたものが政治資金に流れる――もちろん違法であり――P13
優美には向上心があり、NPO法人の事務局長やボランティアで終わるような人間ではなく、柳井の秘書になるような人物だと思っている。
だが、協会の収入は赤字がつづいているため、評価はさがっているという。このままでは事務局長の座から引きずりおろされるかもしれないと危惧し、打開策はないかと悩んでいたところ、FXの投資アドバイザーを紹介してくれるという話が舞いこんでくるのだった。
FXはギャンブルのようなもので確実に儲かるわけではない、と優美は半信半疑だったが、投資アドバイザーに会ってみることにした。
「わたしは十五分後の為替レートを予想してみようと思います。それもプラスマイナス0.020円の誤差内で」
「0.020円?」
思わず鸚鵡返しになってしまった。
「こうして見ているだけで0.999円の幅で変わっているのに、0.020円の誤差って……確率は五十分の一くらいじゃないですか」P26
そして十五分後、予想していた数字はドンピシャだったのである。すごい人がいるものだと感心し、一縷の望みをかけるのだった……。
伊能典膳
伊能は宗教法人奨道館の副館長である。おもに信者の獲得を任されていて、2年まえからは国会議員を信者にするという手法を使っている。
だが、いまでは信者の数が頭打ちになっているため、信者を多く獲得できる万策を練ってほしいと、館長に命じられるのだ。
そのあと、「その人ならきっと力になってくれる」と聞かされた伊能は、哨戒された人物に会ってみることにした。
すると、
「信者八万人に十冊ずつ。だから八十万部ですか」
「この場合、返本も考えなくていいのです。合計でも一万六千円。ノベルティのツールとしても有効だと思いませんか」
信者一人につき一万六千円、というのは確かに手頃な金額だ。妙な壺や掛け軸を売りつけるよりは、よっぽど気が利いている。P101
教団の書籍をつくり信者に売りつければ、12億円ほどの純利益だという。1億円ほどの費用がかかるが、伊能はすばらしい案だと思ったのだった……。
倉橋兵衛
倉橋は柳井の後援会会長である。先代の柳井幸之助とは高校の先輩後輩の間柄であったため、後援会の会長を務めていた。幸之助は六年ほどまえに急逝してしまい、耕一郎が後継者となったのだった。耕一郎本人というよりは、先代の後継者として応援しているのだという。
だが正直なところ、耕一郎には先代ほどのカリスマ性がない。下手をすれば同じ選挙区の野党議員よりも資質がないのではないか。
まるっきりの馬鹿ではないし世知もある。人並みの常識もあるし、女受けもいい。
ただし、それだけだ。
妙に小さくまとまっていて、先代が備えていた豪放磊落さもなければ老獪さもない。先見の明もなければリーダーシップもない。選挙に勝ち、未だ議員バッチをつけていられるのも先代の七光のお陰でしかない。P136
そして、柳井の不倫疑惑がネットニュースに掲載され、倉橋は憤るのだ。不倫相手が美人公設秘書だったからである。
自分は柳井に嫉妬しているのだ。この女の肉体を毎晩好きにしていると思うと、黒い心が忠誠心を呑み込んでしまいそうになる。
あんな世間知らずの男が議員というだけで身の程知らずの恩恵に与り、あまつさえこんないい女を自由にしている。
議員というだけで。
議員というだけで。P156
「倉橋さんは議員に向いている。当選請負人を紹介しますよ」とある男に言われ、それを鵜呑みにした倉橋は当選請負人に会いに行く。そのあと都議会議員になることを目指し、後援者を抱きこむために使う金を集めることに奔走するのだった。
咲田彩夏
咲田は柳井の美人公設秘書である。不倫していたのは事実だった。それ以上の関係を望んでいて妻の座を狙っていたが、柳井は妻と別れる気がないようで煮えきらないようすである。
そんなとき、ある男が写真を持ってきた。柳井の妻が不倫をしているところを撮影したものだ。その写真を柳井に見せれば、離婚を決断するかもしれない。そう考えて実行したが、表沙汰にすることはなく、離婚することもないと言われてしまうのだ。
そのせいで落胆していると、「知人に不思議な魅力を持ち、自分がほんとうにしたいことは何なのかを教えてくれる人がいる」とある男に言われ、その人物に会ってみることにした。
その結果、柳井の妻になるのが咲田の役目であることを教えられ、柳井の妻を罠にはめて離婚させるようにと持ちかけられるのだ。そして咲田は実行することにしたが、離婚させる作戦は成功するのか……。
柳井耕一郎
だれがなんのために……それはわからないが、周辺で異変が起きていることに気づいていた。そんな疑問を抱えて過ごしていたある日、女性が議員会館の事務所を訪ねてきた。ある男が復讐を企てていて、そのせいで異変が起きているのだと告げられるのだ。
未だに破壊力を持つ不発弾のようなものだ。殊に国会議員の地位を築いた今となっては、その破壊力は十倍にも二十倍にも増加している。いくら十年以上前の事件と言えど実質的な主犯格が柳井であり、仲間を売ったことで不起訴処分を得た事実が公表されれば、間違いなく職を追われるだろう。P274
復讐をたくらんでいる男を返り討ちにするため、柳井は訪ねてきた女性を協力者にして作戦を練るのである。
エピローグ
淑女の章である。黒幕が露見するのだが……いくつか想定外のことがあったが、すべて淑女に有利なほうに転がったようだ。
5人とプラスふたり、合計7人の人間がおなじ結末にたどり着く。偶然が重なりすぎて、ご都合主義になっている。なにをやっても失敗しない、そんなときはたしかにある。逆に何をやっても不運つづきで失敗ばかりということも、現実ではあるだろう。
しかし小説でこれをやられると、いっきに薄っぺらくなり興ざめしてしまうのである。エピローグを読むまではおもしろかったのだが……。『史上最恐、完全無欠の悪女ミステリー!』と帯に書かれているが、これでは強運悪女ミステリーである。
グイグイ読まされるので、つまらないわけではない。たぶん、中山七里氏は収拾がつかなくなり、さじを投げたのだろう。
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