下村敦史氏は、デビュー作品はもちろんのこと、それ以降も良作を書きつづけている。つまらないと思うようなものはなく、作品の水準は安定している。
今回の『悲願花』もすばらしいので、多くの人に読んでいただきたい。そのため、すこしだけ気合を入れてあらすじと感想を書いていく。
主人公の女性は、高校時代の友人に「ひとりじゃ不安だから」と懇願されてしぶしぶ婚活パーティーに参加した。そこで男性に声をかけられるが、一家心中の生き残りという過去を背負っているせいで深く関わることを避けようとする。
しかし声をかけてきた男性は、パーティーのさいごに交際希望者の名前を書いてマッチングがおこなわれるため、直接的に連絡先を交換することは規則違反であるにもかかわらず、個人的に連絡先を交換することを求めてくる。なぜ、わたしなのかと訊ねると、
「何て言えばいいのかな、実際に話してみて、俺の想像どおりの女性だと分かって、理想的で、付き合ってみたいな、って」
理想的で想像どおり――か。一体どのようなイメージを持たれているのだろう。何をしてしまったら彼を失望させるのだろう。彼と付き合ったら、言動の一つ一つ、期待を裏切らないように悩まなければいけないかもしれない。
それでも、彼と付き合えば、自分も人生の幸せを手に入れられるだろうか――。
P51
その結果、ふたりで会うようになる。そして3回目のデート中、「来週はおれの部屋でいっしょに映画を観よう」と言われるのだ。4回目のデートでそういうことをすることに抵抗感を覚えるが、ただうなずくことしかできず、その日を迎えてしまう。
だが、なにも起こらずに映画を観終わり、料理を作ることになった。キッチンに入った主人公は、IHでなくガスコンロということに驚愕する。そしてコンロの上で踊る火を見たとたん、幼少期の火事を引きずっていることを思い知らされ、愕然とするのだった。
それから、なにかが変化するかもしれないと思い、児童養護施設の先生に連れられて一度だけ行った親の墓参りに行くことを決意する。そこで女性と出会う。子どもたちと心中しようとして、車で海に飛びこみ、自分だけ助かってしまった。そう吐露されるのだった。
心中に巻きこまれて助かった主人公が、心中しようとして助かってしまった女性に出会い、物語は急展開する。わたしがもっともニュースで知りたくないのは、親が子どもを虐待死(虐待を含む)させる事件である。
自分が父親に暴力をふるわれていたからなのか、そのようなニュースを観るとイライラするので、すぐにチャンネルを変えて観ないようにしている。『悲願花』は小説なので冷静に読んでいられるが……。
そしてこの作品は、とくに感動したい人におすすめである。しかし感動を求めていない人にも読んでもらいたい。なぜなら、ミステリーの部分もしっかりしているので楽しめるはずである。
読んでいる人が最後のほうで、「あ、やられた」と叫ぶのが目にうかぶ。下村氏の大胆な仕掛けに騙されることだろう。ほんとうにいい作品なので、ぜひ読んでみてほしい。
彼岸花には別名がいくつもある。曼珠沙華(まんじゅしゃげ)、毒花、地獄花、幽霊花、痺れ花、そして――。
捨て子花。
花が散った後に葉が出てくるため、『葉(おや)に捨てられた花(こ)』というのが由来だと聞いたことがある。
P70
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