今回は、伊坂幸太郎氏の描き下ろし長篇小説である、『クジラアタマの王様』を紹介する。「未来を切り拓くのは、誰だ」「危険は次々と襲いかかり、膨れ上がっていく。切り抜ける方法は、ただひとつ――。」と帯に書かれている。
伊坂氏の個性あふれる本書を読了したとき、「クセがすごい!」と叫ぶはずである。
ということで、あらすじと感想を書いていく。
「クジラアタマの王様」の【目次】
- 第一章.マシュマロとハリネズミP7〜
- 第二章.政治家と雷P68〜
- 第三章.炎とサイコロP199〜
- 第四章.マイクロチップと鳥P243〜
主人公の“僕”は、製菓会社の広報部で働いている岸という男性である。冒頭は、
テレビに映る鳥に視線が引き寄せられた。漫画から現れたかのような、頭でっかちの外見で、嘴がやけに大きい。横を向き、じっとしている。動物園で撮影された映像らしく、リポーターらしき女性が、「ハシビロコウはほとんど動きません」と話している。「英語名は、shoebillで、靴のような嘴という意味です」
確かに革靴みたいな口だ。しかも、でかい。頭の大半が嘴じゃないか。
「不思議な顔をしているよね」ソファーに座った妻が、腹を撫でながら言う。来月には自分たちの子供が誕生してくるだなんて、頭では理解していても実感がない。『中略』
「今度、新商品で出してみたら?」妻がテレビを指差した。
「新商品?これの?」
「ハシビロコウスナック、とか。嘴の部分がチョコなの」
「ハシビロコウを食べるなんて可哀想、と怒る人がいそうで怖い」
「コアラはいいのに?」
「そのあたりの判断はみんな、意外に論理的じゃないから」
「実感こもってる」妻が笑った。「広報部って、苦情受付も担当しているんだっけ」
「お客様サポートは宣伝広報局の中にあるし、僕も去年まではそこの一員として、貴重なご意見を受けて、日々、勉強させてもらいましたから」P8〜9
動物園の映像が終わると、スタジオで芸能人たちが話をはじめ、そのなかに小沢ヒジリという男性がいた。
小沢ヒジリは人気ダンスグループの一員で、童顔、ひょろっとした体型に見えながらも身体は筋肉質、踊る姿は美しく、高学歴、教養があり、女子高生を中心に大人気という人物である。
その小沢ヒジリが、主人公が勤める会社の新商品をテレビで褒めたたえたのだ。その結果、新商品のマシュマロは大反響である。
しかし、災難が降りかかってくる。女性が電話をかけてきて、マシュマロに画鋲が入っていたため、それを子どもが食べてしまい、頬の内側が傷ついた……というのだ。
あの女性はSNSを使い、今回の件を訴えはじめていた。匿名に近い形であったものの、影響力の大きい何者かがその話題を取り上げ、一気に広まった。今流行りのあのお菓子に画鋲が入っており、にもかかわらず会社の対応はひどく、売れればいい、買わせれば勝ち、の傲慢さここに極まり!
といった声がインターネットの世界で湧き上がっているらしい。P28
現代を如実に描いているな、と思っていると……第二章の「政治家と雷」を読みはじめると、突飛な展開なのである。
一度だけ会ったことがある都議会議員の男性に呼び出され、「どこかで会ったことがありますよね」と訊ねられる。「それは一度目のことですよね」と返すものの、「一度目のことでなく、夢であなたに似た人に会った」というのだった。それに、小沢ヒジリにも夢で会ったというのである。
そして、その3人は過去(現実)、同日、同時刻、同じ場所である出来事に遭遇していたことが判明する。夢では「口から炎を吐き出す、大きなトカゲ」を相手に、3人はいっしょに戦ったのだ、と……。
あげくの果てに、夢の中で生き物に勝つと、現実で直面している問題が解決する、と都議会議員はいうのだった。
現実と思っているほうが夢なのか……夢と認識しているほうが現実なのか……。
アクションをただ文章化するだけでなく、文章だからこそ楽しめる工夫を凝らすことを意識したくなります。ただその一方で、アクションシーンを絵やコミックのようなもので表現し、それを挟みたい、という願望も十年ほど前からありました。
はじめに思い浮かんだのは、「昼間は普通の会社員、夜になるとロールプレイングゲーム内の勇者になる」といった比較的オーソドックスな設定でした。P378(あとがきより)
アクションシーンを絵やコミックのようなもので表現し、それを挟みたい、
上の写真にうつっているような絵が、なんページかにわたってところどころに出現する。そのような小説である。
伊坂氏は伏線の張り方と回収がピカイチなので、本書でもそのすごさに感動するほどだ。ミステリー的な“どんでん返し”という意味でなく、「あれとあれ」「あそことあそこ」「あれもあれも」と忘れたころにつなげてきて、いっきに畳みかけてくる。
遊び心がありすぎて受け入れられるか……それは人それぞれなのでわからないが、わたしはおもしろいと思ったのである。
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