今回は『カエルの小指 a murder of crows』を紹介する。〈『カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)』のあいつらが帰ってきた!〉という文言を見たとき、「これがつまらないわけがない!」とわたしは心のなかで叫んだのだ。
詐欺師を扱った物語がおもしろくなかったら、逆にすごいことである。
それに、わたしは前作の『いけない』が失敗作だったと思っているので、本書に対してのハードルが下がっていたこともあり、『カエルの小指 a murder of crows』はすばらしいと思ったのかもしれない。いや、それを抜きにしても、まちがいなく楽しめるはずである。
『カエルの小指 a murder of crows』のあらすじと感想を書くまえに、『いけない』のことについてふれておく。
ラスト1ページが暴き出す
もうひとつの“真相”を
あなたは見抜けるか?
上記の帯の文言が最悪なのだ。ここまで煽るわりには、“ひねり”が足りないのである。
連作短篇集なので“ひねり”が足らなくても仕方がないのだが……。
上のような写真だか絵だがわからないものをさいごのページに載せ、「ひっくり返しちゃうよ」とか「どんでん返しだよ」とか、そのような作品である。
文章だけを使って表現できるにもかかわらず、わざわざ写真や絵を使う意味がまったく理解できない。それに、写真や絵でしかできないというわけではないので、ただのムダなのである。
「どんな業界も、まずお客さんが減ったら何をするかというと、商品を改良するわけで……」と道尾氏はこんなことを語っていた。
言っていることはおかしくないが、明らかに改良するところをまちがっている。道尾氏は迷走しているようだが、「小説にしかできないことをやりたい」と以前言っていたのだから、初志貫徹を心がけてほしいものである。
ラスト1ページが暴き出すもうひとつの“真相”をあなたは見抜けるか?
『カエルの小指 a murder of crows』のあらすじと感想
ホームセンター「ファミーゴ」の一階エスカレーター脇に人が集まり、その視線の真ん中で、エプロン姿の武沢竹夫は手と口を動かしつづけていた。
「じゃあですね、ただのジューサーと何がどう違うか。これ見てください、この搾りカス。ほら水分がぜんぜんないでしょ? 野菜もフルーツも、からっから。最後の最後まで搾りきるから、こんなになっちゃうんです」
と客の視覚にうったえつつ、さらに触覚へ――。P11
『カラスの親指 by rule of CROW’s thumb』を読んでいる人なら、武沢竹夫のことはわかるはずである。なぜか……武沢はホームセンターの一角に立ち、ジューサーを売っているのだった。
かつての武沢は、いつだって偽名をぶら下げて生きていた。名前を偽り、職業を偽り、気持ちを偽り、生活の中で本当のことなんて何ひとつなかった。
――詐欺師なんて、人間の屑です。
昔、ある男に面と向かってそう言われた。
もちろん言われる前から知っていた。必死に知らんぷりをして生きていたのだ。そんな武沢を、あの男はどん底から引っ張り上げ、立ち直らせてくれた。P20
詐欺師から足を洗ったあとの10数年のあいだ、唯一の長所である口の上手さを使い、実演販売士として生活していたのだった。
そんなある日の仕事後、駐車場で車に荷物を積み終え、ハッチを閉めようとしたところで人影に気づいたのだ。その人物は中学生で、実演販売を教えてほしいという。
理由を訊いてみると、中学生までの子どもたちが自分の得意なパフォーマンスを披露する『発掘! 天才キッズ』というテレビ番組に出演するためだと……。
優勝したときは20万円分の商品券をもらえるらしい。チケットショップで売ることも可能性なので現金みたいなものなので、アルバイトができない中学生にとっては、お金を手に入れる最善の方法だと思ったのだという。あることをやるために、お金が必要なのだった。
中学生は『発掘! 天才キッズ』に出演して優勝することができるのか……中学生がお金を必要とする理由とは……そのさきに待ち構える詐欺集団に仕掛けるペテンは成功するのか……という物語なのである。
あまりあらすじを書いていないなと思うかもしれないが、楽しめなくなる地雷が多すぎるため、簡素化したのである。最初から最後までの、多くの張りめぐらされた伏線。「どんだけひっくり返すんだよ〜」と言いたくなるほどの“どんでん返し”の数々に楽しめないはずがないのだ。
それに、『カラスの親指 by rule of CROW’s thumb』の登場人物である「やひろ」と「まひろ」や、あのインポテンツの貫太郎も登場する。
『カラスの親指 by rule of CROW’s thumb』を読んでいなくても楽しめるが、わざわざ時系列を逆にする美点はないと思う。
そのため、『カラスの親指 by rule of CROW’s thumb』を未読の人は、『カラスの親指 by rule of CROW’s thumb』をさきに手にとったあと、『カエルの小指 a murder of crows』を読んだほうがいいだろう。
人生に敗れ、詐欺を生業として生きる中年二人組。ある日、彼らの生活に一人の少女が舞い込む。やがて同居人は増え、5人と1匹に。「他人同士」の奇妙な生活が始まったが、残酷な過去は彼らを離さない。各々の人生を懸け、彼らが企てた大計画とは?息もつかせぬ驚愕の逆転劇、そして感動の結末。「このミス」常連、各文学賞総なめの文学界の若きトップランナー、最初の直木賞ノミネート作品。第62回日本推理作家協会賞受賞作。
コメント