スポンサーリンク

東野圭吾氏の『希望の糸』−あたしは誰かの代わりに生まれてきたんじゃない−

東野圭吾氏の「希望の糸」という本国内ミステリー
スポンサーリンク

東野圭吾氏の2019年7月8日時点の最新刊である『希望の糸』を読了したとき、わたしは複雑な気持ちにさせられてしまった。

なにかの犯罪の被害者に遭遇したにもかかわらず、同情できなかったり味方になりたくなかったりすることがあるだろう。そのような感じである。

2匹のカエルが綱引きを応援

ということで、まずはプロローグを。主人公は東京に住む夫婦である。そのあいだには子どもがふたりいる。しかし子どもふたりとも、あることで他界してしまう。

夫婦は生きがいを失い、絶望していた。そのとき、「この絶望的な状況から脱却するには、もうひとり子どもをつくればいいんだ」と夫は気づくのである。

そして、不妊治療をはじめて10か月ほどが経過したある日、妊娠したことを妻に告げられたのち、プロローグの幕がおろされる……。

プロローグが終わると、ある女性の視点になる。舞台は石川県金沢市で、女性は旅館の女将である。母親はすでに他界している。末期癌の父親は現在、入院中であり、生きていられるのは残りわずかだ。

そんなとき、あることをきっかけに、父親の遺言書を読むことになる。そこに記されていたのは、ひとりの知らない男の氏名だった。女性はひとりっ子と思っていたが、その男性はだれなのか……それを調査しはじめるのだ。

それから場面がかわり、舞台は東京である。女性が殺害された事件を、刑事たちが追うのだ。その刑事のなかには、

松宮たちのリーダー――今日の成果を報告すべき人物は、椅子に座ってノートパソコンに向かっている。手は止まっているから、何かの資料を確認しているのだろう。
松宮は斜め後ろから近づいていき、主任、と広い背広に向かって声をかけた。「ただ今戻りました」
「その声を聞くかぎりでは、あまり期待しないほうがよさそうだな」そういいながら加賀かがきょう一郎いちろうが椅子を回転させた。口元には笑みを浮かべているが、深い眼窩がんかの奥から発せられる光は鋭い。

『中略』

二人は従兄弟だった。しかし周りに人がいる時には言葉遣いに注意しよう、という取り決めになっていた。
加賀が松宮たちの係にやってきたのは三年前だ。それまでは日本橋にほんばし警察署にいた。その頃、二人で何度か一緒に捜査に当たったことがある。加賀もかつて捜査一課にいたらしく、三年前の移動は復帰ということになる。いろいろな面で例外的な人事らしいが、どういう事情があったのか、松宮は詳しいことを知らない。P51〜52

加賀恭一郎が登場するのである。さすがに「加賀恭一郎」を知らないという人が、この記事を読んでいないと思う。そのため、知らない人は調べてちょうだいな。3つの話はどのようにつながるのか……わくわくしながら読みすすめることができるはずである。

「わたしは複雑な気持ちにさせられてしまった。なにかの犯罪の被害者に遭遇したにもかかわらず、同情できなかったり味方になりたくなかったりすることがあるだろう。そのような感じである。」と記事の冒頭に書いた。

それは、登場人物のなかにこのような女性がいる。

「職場でエリート男性と出会う」→「エリート男性に告白される」→「妻子持ちということを知っていたが、交際することを承諾する」→「妊娠して、ひとりで育てると告げる」→「数年後には離婚するから、今回は中絶してくれ、と言われる」→「中絶したあとに別れを告げられ、自殺を試みる」→「助かってしまい、生きている」

妻子のことを考えたのだろうか……自分が妻子の立場だったらどう思うか、と考えたのだろうか……どうして「避妊して」と言わなかったのか……相手の言葉を鵜呑みにせずに、ひとりで育てることを押しとおさなかったのか……。

正当な罰とは思わないし、因果応報とも思わない。それに、エリート男性がクズなのはまちがいない。しかし、「ハインリッヒの法則」のようなものだよな、と思ってしまうのである。

ハインリッヒの法則とは、1件の大きな事故、災害の裏には、29件の軽微な事故、災害がある。そして300件のヒヤリ・ハット(事故には至らなかったもののヒヤリとした、ハッとした事例)があるとされる。

つまり、自分を甘やかさないことである。プロローグの夫婦のあること、女将の母親の事故、ふたつの真相を知ったときも、複雑な気持ちにさせられるが、ネタバレになるので書かないでおく。

東野圭吾氏は人間を描くのがうまいな、と思う……そのような作品である。

そういえば、と克子が続けた。「この糸は離さないっていってたな」
「糸?」
「たとえ会えなくても、自分にとって大切な人間と見えない糸で繋がっていると思えたら、それだけで幸せだって。その糸がどんなに長くても希望を持てるって。だから死ぬまで、その糸は離さない」
「希望ねえ……」P330〜331

コメント

タイトルとURLをコピーしました