今回は宮部みゆき氏の「昨日がなければ明日もない」についてである。本題に入るまえに、本作は『杉村三郎シリーズ』の5作目なので順番を書いておく。
上記のとおりである。だが、すべて読んでおきたい人は『ペテロの葬列』のあとの4番目に、『ソロモンの偽証: 第Ⅲ部 法廷 下巻 (新潮文庫)』(書き下ろし中編「負の方程式」を収録)、この「負の方程式」に杉村三郎が登場するので、読んでみるのもいいかもしれない。
ということで本題にもどす。『昨日がなければ明日もない』は3作の中編が収録され、目次は下記のとおりである。
【目次】
- 絶対零度P5〜
- 華燭(かしょく)P185〜
- 昨日がなければ明日もないP275〜
3編すべてに共通するのは、「ちょっと困った女たち」が登場するのだ。そう帯に書かれているが、最後の作品に登場するのは胸糞が悪くなるほどのクソ女である。
絶対零度
結婚している娘が自殺未遂をし、クリニックに入院した。それから1ヶ月が経過しているが、娘に接触することができないという。
「自殺未遂の原因はわたしにある、優美があんなことをしたのは、お義母さんとの関係性に問題があるからなので、こちらとしては絶縁も考えている。今は騒がずに優美をそっとしておいてくださいと言い渡されています」P11
娘の夫がそう言っていて、母親がクリニックに会いにいっても門前払いされるのだった。以前から姉妹のように仲のいい関係で、絶縁されるようなことはなにもない。この真相をつきとめるという内容である。
調査を進めていくと、娘の夫は先輩に心酔していることが判明する。その先輩がろくでもない男なのである。後輩に彼女を連れてくるように言い、飲食店で酌をさせることを強要する。宅飲みするぞ、と後輩の家に押しかけて妻に接待させる。
そして、このクズ男の後輩の妻がベランダから転落し、死亡していたことがわかり……。これ以上は未読の人が楽しめなくなるので書かないでおく。
無下に扱えなかったり切れなかったりする関係というものがあると思う。たとえば、仕事仲間だろうか。どちらかが退職しないとどうにもならないのである。部署や支社などがかわるということもあるが、小さな会社だと無理だろう。
さすがに無視するわけにもいかないし、縁を切りたくても切れない。ふつうの生活をしていたら、嫌な人と関わらずに生きることは不可能に近い。そのような人間関係のむずかしさを教えてくれる作品である。
華燭(かしょく)
運転手兼荷物持ちとして赤の他人の結婚式に出席するが……。
「同日に同じホテルの同じフロアでほぼ同時刻に華燭の典に臨む二人の花嫁が、片や直前で逃亡し、片や花嫁側の不始末で破談になる。ひどい偶然です。たぶん偶然に過ぎないでしょう。でも、ホントのところはどうなのかと、ずっと引っかかっていたんです」P263
謎は小さいし、真相を知ってもそれほどおどろくことはないが、描写力と構成力が巧みなのでグイグイ読まされてしまう。さすがとしか言いようがない。
昨日がなければ明日もない
(シングルマザー)→(再婚して男の子が誕生)→(離婚して夫側が男の子を引きとる)→現在は交際相手の男性と同棲し、娘と三人で暮らしている。そのような女性が依頼者である。
静岡市内の住宅地で起きた事故は、運転者の高齢女性が病院にいく途中、アクセルとブレーキを踏み間違え、登校中の小学生の列に突っ込んでしまった。死者はいなかったが、一年生の男の子と三年生の女の子が重症であり、男の子のほうが依頼者の子ども(元夫がひきとった)だった。
「事故じゃないわよ、事件よ。絶対に殺人未遂だって、ケンショウも言ってる」
「ケンショウというのはどなたですか」
彼女は、何でわかんないの? という目つきで私を見た。
「あたしの彼よ」P302
男の子を親戚の養子にしたい、と元夫が言ってきたが、元夫の父親はいい会社に勤めていて実家も大きな家なので、男の子のために遺産相続のことを考えて断ったのだという。
しかし、元夫の両親は遺産相続をさせたくないので、養子に出そうとしているのだ。そう、依頼者の女性は主張しているのである。
「面倒だから殺そうとしてるのよ。あの交通事故だってそう。どっかのボケババアの運転ミスなんかじゃないわよ」
このトンデモ主張を――P311
おためごかしと暴論を振りかざし、依頼者の女は関わる人間を困惑させる。そしてこの身勝手な性格のせいで、依頼者の妹は昔から被害をうけていた。これが大まかなあらすじである。
関わったら損しかしない人間が存在する。まさに、この依頼者の女がそんな人物である。家族だったら最悪だ。切っても切れない関係の頂点だから……。
そして、この作品を読んでいるとき、わたしの頭をよぎった言葉は、
真実には議論の余地がない。それを聞かされてパニックを起こし憤慨されようが、受け取る側の無知ゆえに嗤われようが、悪意をもって捻じ曲げられようが、それでもそれは真実なのだ。P42
たとえば、自分が宮崎勤の父親や秋葉原事件の加藤の弟だったとする。名字を変更したり表上の縁を切ったりしたとしても、父親や弟という真実をかえることはできない。
周りの人にどれだけの迷惑をかけるのか、身勝手な人はそういうことを考えないのだろう。こんな身勝手な人間にはなりたくないな、とわたしは再確認させられたのである。
さいごに
上記の画像は、初版限定付録である。著者インタビュー、シリーズ相関図などが記載されている。
このシリーズを読んだことがない人でも、『昨日がなければ明日もない』を楽しむことはできる。さすが宮部みゆき氏という作品なので、ぜひ読んでみてほしいのである。
杉村三郎vs.“ちょっと困った”女たち。自殺未遂をし消息を絶った主婦、訳ありの家庭の訳ありの新婦、自己中なシングルマザー。『希望荘』以来2年ぶりの杉村シリーズ第5弾!
政治家にして文学者。没後50年、今もなお真の保守主義者として敬愛されるチャーチルが遺した珠玉の名言100。
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