女性作家4人の、2019年の新刊を4冊紹介する。そうはいっても、去年の年末に出版された作品が1冊含まれているが、細かいことは気にしないでほしいものである。
「まとめて書いて楽していないか?」と思うかもしれない……ええ、そのとおりなのだ。本の写真が増えつづける一方である。
- 「おもしろかった」→まとめ記事に書くか
- 「ふつうだった、つまらなかった」→書かなくていいか
となってしまい、かなり書くことをサボっていた。というわけなので、4冊をまとめて紹介するのである。
「平等を建前に、格差は美談で蓋して見て見ぬふりする社会」と帯に書かれた、望月諒子氏の作品である。
子供のとき、商店街の焼鳥屋の親父は俺たち兄妹にいつも何かを喰わしてくれた。俺はその店の焼き鳥の串を掴んで逃げた。悪さをすると警察に迎えに来るのは担任の教師だった。先生は俺の代わりに一生懸命謝った。強盗で捕まったときも、事情を酌んでくれと親みたいに頼み込んだ。その先生が、頭を下げて下げて、やっともらった就職先を、俺はたった半年で無断退職した。
――長谷川翼は「どうせ全部お前のせいになるんだよ」と言った。
翼は外見のいい慶大生だ。明るく謙虚で、金払いがよく、人の話をよく聞く。大学の先生の受けもよく社会的活動に積極的な、自然体で生きている青年。だれもが彼のことを好青年だと思う。
『中略』
両親は医者で、妹も医大生であるという翼は「外車ぐらい買えるけど、そういうのは愛されないから」とぬけぬけと言い、流行りのハイブリッドカーを乗り回す。P65
なんら不自由のない、ほぼ完璧な大学生の長谷川翼。その一方、“俺”は、育児を放棄した毒親のシングルマザーに育てられた。
“俺”が中学生になると、「金を稼いでこい」と母親に言われ、「新聞配達をする」と返すと叩かれたのだたいう。駅前の駐輪場から自転車を盗んでこい、それが無理なら商店街で万引きしてこい、と母親はわめくのだった。
母は家にいることもあればいないこともある。いなければ一人で電気をつけてテレビを見る。母親の機嫌がよければテーブルに食べ物が置いてある。テーブルに食べ物がなければスナック菓子で腹を満たす。でも家に母がいても、そこに見知らぬ誰かがいたら、その誰かが帰るまで外で時間を潰すのだ。
『中略』
母親が呼び込んだ男となにをしているのかを知っていた。男がテーブルの上に置いていく一万円札が、自分たち親子の唯一の現金収入だということも理解していた。P8〜9
蛙の子は蛙なのか……負の連鎖を断ち切ることはできるのか……かなり重たいテーマなので読んでいてつらくなるが、多くの人に読まれるべき作品である。ほんとうにすばらしい!
二人の女が中野区内の別の場所で、それぞれ銃で撃たれ死亡しているのが発見された。どちらも身体を売り、育児を半ば放棄した、シングルマザーだった。マスコミが被害者への同情と美談を殊更に言い立てる中、フリーの記者・木部美智子は、蒲田の工場で起きた地味なクレーム事件を追い続けていたが…。現代社会の光の当たらない部分を淡々とした筆致で深く描き出した、骨太なノワール犯罪小説。
2.スイート・マイホーム
狂気に迫りおおせた作品。――朝井まかて
最後の1ページ、ここまでやるか。――石田衣良
ここまでおぞましい作品に接したのは初めてだ。――伊集院 静
読みながら私も本気でおそろしくなった。――角田光代
情動の底の底にある不安感を刺激される。――花村萬月選考委員、全員戦慄。
第13回小説現代長編新人賞受賞作。
『「イヤミス」を超えた、世にもおぞましい「オゾミス」誕生。』と帯に書かれているが、まったく誇張されていなかった。ラストの衝撃な描写は、いまでも鮮明にわたしの記憶に焼きついている。
救いのない物語なので、「おすすめ!」「傑作!」と言ってしまうと、人間性を疑われるほどである。「イヤミスが好きだから読んでみよう」と思った場合、いま想像している5倍くらい衝撃的だ、と覚悟しておいたほうがいいだろう。
徹底的に救いのない話である。そのため読み終わったあとに、サンバの曲を流しながら陽気に踊るくらいのことをしないと、心の均衡を保つことができないだろう。
長野の冬は長く厳しい。スポーツインストラクターの賢二は、寒がりの妻のため、たった1台のエアコンで家中を暖められる「まほうの家」を購入する。ところが、その家に引っ越した直後から奇妙な現象が起こり始める。我が家を凝視したまま動かない友人の子ども。赤ん坊の瞳に映るおそろしい影。地下室で何かに捕まり泣き叫ぶ娘―。想像を絶する恐怖の連鎖は、賢二の不倫相手など屋外へと波及していき、ついに関係者の一人が怪死を遂げる。ひたひたと迫り来る悪夢が、賢二たち家族の心を蝕んでいく…。第13回小説現代長編新人賞受賞作。
3.殺人鬼がもう一人
ふつうの作品である。とくに悪いところはないし、いいところも見つけることができなかった。
葉真中顕氏の「W県警の悲劇」を読んだ直後だったから、そう思うのかもしれない……。
いや、たぶんちがうはず。それを差し引いても、ふつうの作品だと思う。つまらないわけではないが……。
都心まで一時間半の寂れたベッドタウン・辛夷ヶ丘。20年ほど前に“ハッピーデー・キラー”と呼ばれた連続殺人事件があったきり、事件らしい事件もないのどかな町だ。それがどうしたことか二週間前に放火殺人が発生、空き巣被害の訴えも続いて、辛夷ヶ丘署はてんてこまい。そんななか町で一番の名家、箕作一族の最後の生き残り・箕作ハツエがひったくりにあうという町にとっての大事件が起き、生活安全課の捜査員・砂井三琴が捜査を命じられたのだが…。(「ゴブリンシャークの目」)アクの強い住人たちが暮らす町を舞台にした連作ミステリー。著者の真骨頂!!
4.とめどなく囁く
主人公は41歳の女性である。31歳差の夫がいて互いに再婚だ。夫側には、前妻との子どもが3人いる。46歳の長男はゲーム会社を継いで社長となり、長女は歯科医と結婚して神戸に住み、次女は主人公と同い年の41歳である。
主人公の元夫は、海釣りにでかけて帰ってこなかった。翌朝、沖合でボードが発見されたが、釣り道具だけを残し、夫は発見されなかったのだ。数年が経過しても、夫は行方不明のまま、遺体が見つかることもなかったのである。そして、夫が行方不明になった3年後、
「ご主人がいなくなって七年経ったら、死亡認定されると仰っていましたね。その後、僕と結婚しませんか。あなたは僕より三十歳も若いんだから、縛る気はありません。何も望んでいません。ただ、一緒に暮らして、いろんな話ができたら楽しいだろうと思ったのです。それに、あなたは苦労している。僕が金銭的にも気持ち的にも楽にしてあげられたらと願っています」P45
再婚するまでのあいだ、つらいことばかりが起きるのだ。貯金を取り崩してマンションの家賃を払っていたが、それも限界になっていた。そのためマンションを引き払い、家賃の安いアパートに引っ越そうと思ったが、義母はとんでもないことを言ってくるのである。
「引っ越してしまったら、息子が帰ってきたときに帰る家がわからなくなる」と……。つまり、夫が帰ってくるまで引っ越さずに待っていろ、というのだ。
あらゆる困難を乗りこえて再婚し、その1年後(元夫が行方不明になって8年後)、またしても義母がおかしなことを言うのだった。厳密には、再婚しているので元義母である。
スーパーで買い物をしていたら、男の人がこっちを見ていて、その人物が息子だったのだという。追いかけて捜しまわり、店員に訊いてみたが、その人物を見つけることはできなかった、と……。
元夫は生きているというのだ。これは、再婚したことへの嫌がらせなのか……それとも、ほんとうに生きているのか……生きているとしたら、なぜ連絡をしてこなかったのか……という物語である。
30代のほとんどの時間を奪われて苦しみ、再婚してやっと第2の人生を歩みはじめたにもかかわらず、一難去ってまた一難なのだ。
そして、桐野夏生氏の筆力と構成力の凄さにおどろかされることだろう。ページをめくる手をとめることができず、夢中になって読んでしまうはずだ。まちがいなく傑作である。
塩崎早樹は、相模湾を望む超高級分譲地「母衣山庭園住宅」の瀟洒な邸宅で、歳の離れた資産家の夫と暮らす。前妻を突然の病気で、前夫を海難事故で、互いに配偶者を亡くした者同士の再婚生活には、悔恨と愛情が入り混じる。そんなある日、早樹の携帯が鳴った。もう縁遠くなったはずの、前夫の母親からだった。
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