1週間ほど経過すると、2019年の8月になる。わたしが嫌いな夏は、冷房で部屋をキンキンにひやして読書をしたいものである。
そんなわけでおもしろくておもしろくてふるえる『2019年上半期の国内ミステリー(2018年11、12月分を含む)』17選を紹介する。
おもしろくてふるえるわけであって、冷房の設定温度を下げすぎた結果、寒くてふるえるという意味ではない。それだけは、この記事を読むまえに知っていてほしい。
わたしが紹介した本に魅力を感じて手にとり、そして読了したとき、「ほんとうだった。おもしろくてふるえたよ」と皆様が言ったとしても、
「勝手にふるえてろ」と、綿矢りさ氏のような冷たいことは言わないので安心してほしい。
1.介護士K
テーマは介護問題と安楽死。とても重たい作品だが、多くの人に読まれるべきである。詳しくは下の記事をどうぞ!

「死なせるのは慈悲なんです」―高齢者医療と介護の実態をえぐり出し、生と死のあり方を問う衝撃作!有料老人ホーム「アミカル蒲田」で入居者の転落死亡事故が発生した。ルポライターの美和は虐待の疑いを持ち、調査をはじめる。やがて虚言癖を持つ介護士・小柳の関与を疑うようになるが、彼にはアリバイがあった。そんななか、第二、第三の事故が発生する―。なぜ苦しむ人を殺してはならないのか。現役医師でもある著者が、人の極限の倫理に迫った問題作。
2.昨日がなければ明日もない
『絶対零度』『華燭』『昨日がなければ明日もない』の3編を収録。3編すべてに共通するのは、「ちょっと困った女たち」が登場する。そう帯に書かれている。
最後の作品に登場するのは、胸糞が悪くなるほどのクソ女である。そのように思わされるのも、宮部みゆき氏の筆力によるものだろう。

杉村三郎vs.“ちょっと困った”女たち。自殺未遂をし消息を絶った主婦、訳ありの家庭の訳ありの新婦、自己中なシングルマザー。『希望荘』以来2年ぶりの杉村シリーズ第5弾!
3.お前の彼女は二階で茹で死に
「お前の彼女は二階で茹で死に」というタイトルを見ればわかるように、倫理観と理性がまったくない。強姦、殺人、いじめ、監禁が次々と起こるのである。そして設定は異常。
しかし論理的な謎解きがあるので、さすが白井智之氏だ。このような話を作ることができるのはすばらしい。ぶっ飛んだ作風を貫き通してほしいものである。

高級住宅地ミズミズ台で発生した乳児殺害事件。被害者の赤ん坊は自宅の巨大水槽内で全身を肉食性のミズミミズに食い荒らされていた。真相を追う警察は、身体がミミズそっくりになる遺伝子疾患を持つ青年・ノエルにたどりつく。この男がかつて起こした連続婦女暴行事件を手がかりに、突き止められた驚くべき「犯人」とは…!?鬼才が放つ怒涛の多重解決×本格ミステリ!
4.蟻の棲み家
貧困イコール犯罪の図式を断ち切ることの難しさや、出口の見えない闇から抜け出せない現実……暗くて重たいテーマを好む人におすすめの作品である。

二人の女が中野区内の別の場所で、それぞれ銃で撃たれ死亡しているのが発見された。どちらも身体を売り、育児を半ば放棄した、シングルマザーだった。マスコミが被害者への同情と美談を殊更に言い立てる中、フリーの記者・木部美智子は、蒲田の工場で起きた地味なクレーム事件を追い続けていたが…。現代社会の光の当たらない部分を淡々とした筆致で深く描き出した、骨太なノワール犯罪小説。
5.完全無罪
『慟哭の「冤罪」ミステリー』と帯に書かれている本書は、中盤からこれでもかってほどひっくり返してくる。そのため、かなり楽しめるだろう。
ミステリー好きなのに、「つまらない」と言われたら、わたしはお手あげかもしれない。

21年前の少女誘拐殺人事件の冤罪再審裁判に抜擢された期待の女性弁護士・松岡千紗。しかし、千紗はその事件で監禁された少女の一人だった。間一髪で自分を殺めたかも知れない容疑者に千紗は敢然と対峙する。罪を作り出す罪、「冤罪」法廷が迎える衝撃の結末。大ベストセラー『雪冤』を超える傑作。
6.W県警の悲劇
「警察小説×どんでん返し」と帯に書かれている本書は、W県警を舞台とした連作短編集である。ブラックな結末を好む人におすすめしたい。

警察官であるより前に、一人の人間として、常に正しくありたいんだよ―「警察官の鑑」と誰からも尊敬されていた熊倉警部。W県警初の女性警視へと登りつめた松永菜穂子は、彼にある極秘任務を与えていた。その最中の、突然死。事故かそれとも…。事故として処理したい菜穂子の胸中を知ってか知らずか、熊倉警部の娘が事件現場についてあることを思い出す―。前代未聞の警察小説。
7.マーダーズ
ミステリーが好きな人は絶対に読んだほうがいい。超おすすめ!

この街には複数の殺人者がいる。彼らが出会うとき、法では裁き得ない者たちへの断罪が始まる―現代社会の「裏」を見抜く圧倒的犯罪小説!
8.だから殺せなかった
主人公の記者が、郵便物を手わたされる。
郵便物は封書で、連続殺人事件の真犯人を名乗る人物が書いた手紙だった。「ワクチン」と名乗り、「殺人哲学」を語りたいのだという。太陽新聞の紙面を舞台とし、「記者の慟哭」を書いた記者を挑戦相手に指名する。「ワクチン」の知性に見合った相応の相手であり、上質な言論人なので対決したいのだ、と……。
そのあとは真犯人である証拠に、事件の詳細が綴られていく。いわゆる「秘密の暴露」であり、その内容を各都県警に照会してみればわかるという。
記者は紙面上でやりとりし、真犯人を説得することができるのか……真犯人の目的とは……第四の事件は起きるのか……。
児童虐待、血のつながりは重要なのか……という重い題材である。ほかにもあるが、ネタバレになってしまうので、未読の人のために書かないでおく。
意外な犯人と、さいごの胸糞の悪くなるようなオチ、構成のうまさ、それらにきっとおどろかされることだろう。

「おれは首都圏連続殺人事件の真犯人だ」大手新聞社の社会部記者に宛てて届いた一通の手紙。そこには、首都圏全域を震撼させる無差別連続殺人に関して、犯人しか知り得ないであろう犯行の様子が詳述されていた。送り主は「ワクチン」と名乗ったうえで、記者に対して紙上での公開討論を要求する。「おれの殺人を言葉で止めてみろ」。連続殺人犯と記者の対話は、始まるや否や苛烈な報道の波に呑み込まれていく。果たして、絶対の自信を持つ犯人の目的は―劇場型犯罪と報道の行方を圧倒的なディテールで描出した、第27回鮎川哲也賞優秀賞受賞作。
9.キリングクラブ
「力を誇示したいならば、人殺し(キリング)ではなく、大儲け(キリング)をすることだ」と帯に書かれている本書。
サイコパスの中でも選ばれた上位1%だと自負し、スーパーリッチなサイコパスとして世の中に君臨している……その上位1%のサイコパスが集められ、秘密は徹底的に守られ、警察の人間すらも関与しているほどの大きい集団が「キリングクラブ」なのである。
そしてある日、「キリングクラブ」のゲストである男性が殺される。生きたまま開頭され、脳の一部を持っていかれたのだ。
「キリングクラブ」の運営者は容疑者を3人にしぼった。経営者、弁護士、脳外科医。この3人ゲストを容疑者として調査するために、運営に携わっている刑事とフリーライターの女性が動きだす、という物語である。サイコパスものが好きな人はどうぞ!

エリートサイコパスのみで構成される超高級社交クラブ。その会員が、何者かに次々と殺されていく。しかも、どの遺体も開頭され扁桃体が抜き取られていた。最注目の著者が放つ、伏線だらけのジェットコースター・ミステリー!
10.魔眼の匣の殺人
『屍人荘の殺人 (創元推理文庫)』につづく第2弾。登場人物の名前は、1作目のようにわかりやすく、工夫されていて憶えやすい。
トリッキーさでは前作に敵わないが、オマージュ的な設定をふんだんに使用し、作者のサービス精神が旺盛であるところがすばらしい。シリーズとしてつづくような終わり方なので嬉しいかぎりである。
「あと二日で四人死ぬ」閉ざされた“匣”の中で告げられた死の予言は成就するのか。『屍人荘の殺人』待望のシリーズ第2弾!!
11.いきぢごく
主人公は42歳の女性である。結婚する気はなく、性欲を満たすためだけに若い男と交際している。
ある日、戦前に書かれた女遍路の旅日記を見つけ……それを読みふける……。あばずれ(言葉は悪いが……)の生活がえんえんと書かれ、そのところどころに女遍路の日記の内容という形式なので、「この小説のジャンルはなんだろう、ミステリーじゃないなあ」と思うかもしれない。
しかし苦痛を感じたとしても、さいごまで読むことをおすすめする。読了したとき、「おもしろい!」と叫び、読んでよかったと思うはずだ。
友人と旅行代理店を経営している四十二歳の鞠子は、十一歳も年下の男と付き合っているが結婚する気はない。そんな鞠子が、亡くなった父から相続することになった元遍路宿の古民家を訪れ、その家で古い遍路日記を見つける。四国遍路で果てる覚悟の女遍路が戦前に書いたと思われる旅の記録。彼女はなぜ絶望し、自分を痛めつけるような遍路旅を続けたのか。女の生と性に揺れる鞠子はこの遍路日記にのめり込んでいく―。
12.バッドビート
舞台は玄無島である。房総半島の西に位置する、伊豆大島に毛が生えたほどの島だという。五年前、アミューズメント施設がオープンした。遊園地、コンサートホールなどがあり、目玉はカジノである。
玄無島の「無」をゼロと読み、「レイ・ランド」なのだという……。本土への交通手段はフェリーだけ……そんな島に、ワタルとタカトはやってきた。ヤクザである兄貴分に頼まれた「荷物運び」のために……。
取引現場にたどり着くと、オールバック男とジャージ男が待っていた。しかし取引はできず、ふたりの男は姿を消し、3つの死体が見つかり……。
そのことを兄貴分に報告した結果、取引相手からは「こちらの仲間を皆殺しにして「ブツ」を横取りしたのでは」と言われ、兄貴分が所属する暴力団組織には「相手のほうは皆殺しなのにお前たちだけが生きているのはおかしい、自作自演なのでは」と疑われるのだった。
フェリー乗り場は監視されているため、本土に戻ることはできない。ふたりが生き残る方法はただひとつ……オールバック男とジャージ男をつかまえ、真相を明かすこと……という物語である。
笑わせようとしてスベっているところが数箇所ある。それに、誰がしゃべっているのか、会話文がわかりづらいところもある。そのふたつは欠点であるものの、暴力団、半グレ集団、韓国マフィアなどが絡み、楽しめるはずである。
「ここじゃないどこか」に行きたい幼なじみのワタルとタカトは、5年前に地元の島にできた総合カジノ施設「レイ・ランド」の恩恵など受けることすらなく、ヤクザの下働きをするチンピラ。兄貴分の蓮に振られた「チャンス」=ただの「荷物運び」のはずが一転、気づくと目の前には額に穴があいた3つの死体が―。乱歩賞・大藪賞W受賞作家が魂込める、ノンストップ・ギャンブル・ミステリー。
13.第四の暴力
さいごの『童派の悲劇-樫原事件のある世界』を読了したとき、「たしかにドーハの悲劇だな」とニヤリとしてしまう。ブラックユーモア好きにおすすめしたい作品である。

集中豪雨で崩壊、全滅した山村にただ一人生き残った男を、テレビカメラとレポーターが、貪るようにしゃぶりつくす。遺族の感情を逆撫でし、ネタにしようと群がるハイエナたちに、男は怒りが弾け、暴れ回る。怒りの引き金を引いた女性アナウンサーは業界を去り、男は彼女もまたマスコミの犠牲者であったことに気づく。その二人が場末の食堂で再会したのは、運命だったのか、それとも―。強烈な皮肉と諧謔が、日本に世界に猛威を振るっている「第四の暴力」マスコミに深く鋭く突き刺さる!日頃抱いているギョーカイへの疑問と怒りが痛快に爆発する問題作、激辛の味付けで登場!!
14.アンサーゲーム
結婚式を終えて明日から新婚旅行というカップルが、強制的におかしなゲームに参加させられる。『あなたたちが最初に会ったのは、いつ、どこで?』などの簡単な質問に、ふたりの答えが一致すればいいのだという。10問中、7問正解すればゲームクリア!しかしクリアできなかった場合は……どうなるのか……。
結末の好みによって、賛否がわかれると思う。さいごに伏線を回収していないので、しっかり読むことをおすすめする。ある箇所を読めば、説明されていないところが合点するはずである。

大手商社に勤務している樋口毅と田崎里美は結婚式を挙げた。新婚旅行を明日に控え、幸せな一夜を過ごすはずだった…。翌朝、目を覚ますと、そこは真四角の“箱”の中。そこに、ファンファーレとともにピエロが現れ、言った。「アンサー・ゲームへようこそ!」ゲームは簡単。出された問題に、二人の答えが一致すればOK!しかも問題は、二人に関係するものばかりで、十問中、七問正解すればゲームクリアです。それではいきましょう。第一問はこちら!『あなたたちが最初に会ったのは、いつ、どこで?』閉じ込められ、極限状況で試される男と女。愛か打算か裏切りか、究極の心理ゲームが今、開幕!
15.殺人犯 対 殺人鬼
「若手本格ミステリ界の鬼才が挑む、戦慄のクローズドサークル!」という本書は、アルデンテな事件を解決することはできるのか……主人公は殺人鬼を出しぬき、殺人計画を遂行できるのか……。
クローズドサークル好きであれば、読んでおくべきだろう。

孤島の児童養護施設に入所している男子中学生の網走一人。ある夜、島の外に出た職員たちが嵐で戻れず、施設内が子どもたちだけになった。網走は、悪質ないじめを繰り返していた剛竜寺の部屋に忍び込む。許せない罪を犯した剛竜寺を、この手で殺すためだ。しかし剛竜寺はすでに殺されていた。その姿を見て震え上がる網走。死体は、片目を抉られて持ち去られ、代わりに金柑が押し込まれていたのだ。その後もまるで人殺し自体を楽しんでいるかのような猟奇殺人が相次ぐ。「この島に恐ろしい殺人鬼がいる」―網走はその正体を推理しながら、自らも殺人計画を遂行していくが…。
16.悪の五輪
主人公は、映画狂いの変人ヤクザである。
それなら巷間の大きな話題となっていた。黒沢明は三年も前から東京オリンピック記録映画の監督に予定されており、本人も大の乗り気でわざわざローマオリンピック見学に足を運んだりもしている。
それが十日前の三月二十一日、オリンピック組織委員会の会合に出席した黒沢明は、委員会の提示する予算では自分の意図する規模の作品制作は不可能であるとして正式に降板を申し出たというのだ。P8
ある映画監督が、降板を申し出た黒沢明の後釜を狙う。しかし大監督が居並ぶなかでは、その男ではとうてい無理な話なのである。そのため、暴力団に話がまわってきたのだ。
表裏の大物に根回しし、ある映画監督を黒沢明の後釜にすることはできるのか……という物語である。
政治家に美人局のような手段を使ってみたり、ほかの暴力団とケンカしたりと、“ヤクザもの”の話が好きな人におすすめしたい作品である。
東京が日本が劇的に変貌しつつあった1963年、元戦災孤児のアウトローが大いなる夢に向かって動き出す。軋む街の表に裏に、抜き差しならない腐敗や闇が根尾下ろしているなかで、オリンピックを奪い、撮れ!
17.119
長岡弘樹氏は伏線を張らないと気がすまないのだろうか。短編集なので、伏線が冒頭にあることに気づく。だが、「どのようにつながるのか」とわくわくしながら読めるだろう。
9作すべてがおもしろいとは言わない。1、2作はふつうだが、ほかはあきらかに及第点をこえているのですばらしい。しっかり伏線を張るという、フェアなところも美点である。
雨の翌日、消防司令の今垣は川べりを歩く女性と出会う(「石を拾う女」)。新米の土屋と大杉は“無敗コンビ”だった(「白雲の敗北」)。女性レスキュー隊員の志賀野が休暇中に火事を発見(「反省室」)。西部分署副署長の吉国は殉職した息子のお別れの会で思い出を語るが…(「逆縁の午後」)。ほか5篇。短篇の名手が紡ぐ9つの消防ミステリ。
さいごに
このなかに、必ずふるえるほどの作品があるはずである。わたしは、皆様がふるえることを願っている……。
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