『教場 (小学館文庫)』『傍聞き (双葉文庫)』の著者が紡ぐ
最高のミステリ集!
と帯に書かれている……。
最高かどうか……それはわからないが、長岡弘樹氏の『救済 SAVE』はおもしろい作品なので紹介したいと思う。
『救済 SAVE』の目次
- 三色の貌(かたち)
- 最後の晩餐
- ガラスの向こう側
- 空目虫(そらめむし)
- 焦げた食パン
- 夏の終わりの時間割
上記の6篇が収録されていて、どの作品も及第点を超えている。張りめぐらされた伏線にミスリードされ、予想できない結末におどろかされることだろう。
1.三色の貌(かたち)
『老舗の漬物メーカー「陸奥屋(むつや)」の社員文集より抜粋』というものが冒頭である。4月16日の給料日のことについて書かれ、アルバイト社員は現金で給料をもらうため、総務課へ顔をだす必要があったという。
経理係の女性に給料袋を手渡されたあと、大きな地震があったのだ。頭の上から天井が落ちてくるのを目にし、気づいたときには気を失っていた。そして目が覚めたとき、崩れた壁に臍から下の部分を挟まれ、身動きがとれない状態だった。瓦礫がうずたかく重なっているため、視界はほぼふさがれていた。
しかし、小さな隙間があることを知り、そこから向こう側を覗いたのだという。
すると、狭い視界がだれかの作業服でふさがれた。動き回るほど体力に余裕のある人がいたのだ。その人の作業服につけられていたネームプレートに書かれていた名前を見て、「親切そうな名前だな」という印象がぼんやり残っている。それだけが記憶にあるのだという。
そこで『社員文集より抜粋』は終わり、うどん店で働く男の描写がはじまる。しかし、半年ほど勤めたうどん店をクビにされる。その理由は、だいたいの見当はついているのだという。
そのあと、ひとり暮らしのアパートに帰ると、すぐに呼び鈴が鳴らされる。訪ねてきたのは、陸奥屋の総務課長だった男である。社屋が新しくなったついでに人事部長となり、部下が上司を評価する人事システムも導入されたという。
そして、経理係の女性は震災以来、ずっと昏睡状態が続いていることを告げられ、
「そうですか。お気の毒です。運悪く、落ちてきた瓦礫が頭に当たったと聞いていましたが、本当だったんですね」
「いや、違うんだ。頭に瓦礫が当たったことに間違いはない。だけどそれは落ちてきたんじゃなくて、誰かに――」
P23
経理係の女性は火事場泥棒を目撃してしまったため、その犯人に瓦礫で頭を殴られたという。容疑者を数人まで絞ることができたので、会社にもどってきて容疑者を特定することに協力してほしい。それが、男が訪ねてきた理由だった。
これ以上は書けない。未読の人が楽しめなくなってしまう。
2.最後の晩餐
兄貴分の男がやってきて、食事をすることになった。店までの道を案内するように指示され、高級中華料理店にたどり着いた。
「先日、支店に泥棒が入ってな」
ここで達川はようやく手を止めた。
「まあ、ちっぽけな事件なんだが。――達川、もしかしたら、そっちの耳にも入っているかい?」
達川は首を横に振った。「いいえ」の形に口を動かしたが、声は私の耳にまで届かなかった。
「どこの支店なのか訊かないのか」
「……どこの支店ですか」
「T町の雑居ビルにあるやつだ。もちろん、おまえはまだ忘れちゃいないよな。ちっぽけなノミ屋さ」
「ああ、あそこですか。もちろん覚えてます」
「手提げ金庫には二百万近くの金が入っていた。とはいえ、入り口の鍵が頑丈だから、ノミ屋の爺さん一人が番についてりゃ大丈夫だろうと組では思っていた。ところが賊は、どこで手に入れたのか、合鍵を持っていやがった」
P59
その犯人はスキーマスクで顔を隠し、ドスを持っていたという。そして、ひとつだけ残していった手掛かりは、ひとことだけしゃべった言葉だった。
このような内容である。結末はご都合主義になっているような気がするものの、小説だし、絶対にないとも言い切れないので悪くないだろう。
それよりも、張りめぐらされた伏線を回収し、見事に読者を騙す手法を楽しんでほしい。
3.ガラスの向こう側
社長の男はサディスティックな性格で、虫の居所が悪かった場合、社員にひどい嫌がらせをする。その社長はなん人かいる愛人との浮気を楽しむために、郊外に別宅を建てたという。社員として働いている女性に、いまは養子縁組をしているが、それを解消して結婚してやる。そう言って、自分の世話をさせている。
そしてある日、別宅で社長が殺害され……。という内容だ。読み終わったとき、「いいタイトルだな」と思ったのである。
4.空目虫(そらめむし)
グループホーム『笑顔の庭』で介護職をやっている男性の物語である。
介護福祉士である脩平に言わせれば、認知症の人を元気にする絶対のコツが一つある。
本人の「得意なこと」をやらせる――これに尽きるのだ。
うまくできることをしていると、誰もが無邪気な笑顔を見せるものだ。
認知症と診断された後でも、その人が職業として長くやってきた仕事に関しては、驚くほどしっかりこなしてしまう人が多い。昔取った杵柄というものは、体の深い部分に染み付いていて、ちょっとやそっとの病気で失われたりはしないのだ。P119
いろいろなことをやらせてみて、認知症の人を元気にさせようとするのだが……。
いや〜見事に騙された!とラストに驚愕するだろう。
5.焦げた食パン
空き巣犯の男が、4年後におなじ家に侵入する。1回目は箪笥に入っていた300万円を盗み、そのことに味をしめたのだった。
2度目の盗みに入る前、ターゲットとなる男の家を監視してようすをうかがった。すると、勝手口をあけたまま外出したことから、呆けてしまったのだと解釈した。
泥棒からしたら、それは好都合だった。何かを盗まれても、気づかれない可能性が高いからである。
盗みに入ってみると、推測したとおりだった。焦げた食パンが冷蔵庫に入れられていたり、洗濯機の蓋の上に食塩の瓶や酢の瓶が置かれていたりと、認知症だと思えるような状況だった。
「あれ」も「それ」も「これ」も伏線だったのか……。そう叫んでしまうことだろう。
6.夏の終わりの時間割
小学6年生の男の子と、19歳の少年の話である。少年は知能が10歳程度らしい。小学5年生のとき、スズメバチに耳の裏側あたりを刺された結果、高い熱が出たのだ。そのせいで、精神年齢が発達しなくなったのだという。
そして、ふたりが住む町では最近、放火事件が起きていた。
知能の高くない少年がライターを集めている――そんな噂をどこかで聞きつけたらしいヨコザワ刑事は、信くんを容疑者と睨んで、しつこく見張っているようだ。P177
さいごにこの話とは……ほっこりする、いい話である。
さいごに
どの作品も高水準なので、かなり楽しめるはずである。張りめぐらされた伏線、衝撃のラスト、それらを堪能してほしい。ほんとうにおもしろい!……はずである。
元警官、ヤクザ、ノビ師…犯行動機に隠された「想い」とは?巧妙に仕掛けられた伏線、トリック、ラストに驚嘆!『教場』『傍聞き』の著者が紡ぐ最高のミステリ集!
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