石持浅海氏の『二千回の殺人』は、『凪の司祭』を改題し、文庫化された作品である。わたしはタイトルだけを見て購入してしまったため、読んだことがあると気づいたのは購入後だった。
いきなり文庫のパターンだと思ったが、見事に罠にハマったのである。
ということで、購入したので仕方なく再読した。そのため、あらすじと感想を書いていこうと思う。
地下の狭い店で働いていた男性が店の出入り口のドアをあけると同時に、大量の水が流れこんできた。ゲリラ豪雨の雨水である。
流れこんできた雨水におどろいた男性は、倒れてテーブルの角で頭を打ち、大量の水の底に沈んだまま意識を失った。その結果、男性は死亡するのだった。
ゲリラ豪雨によって死亡した男性の婚約者は、コーヒー専門店の看板娘で常連客に人気だった。しかし恋人の死がきっかけとなり、出勤することがなくなってしまった。
あるとき、「ゲリラ豪雨は人災なんだよ」と常連客の男性が言う。恋人を失った女性は、その言葉をたまたま聞いてしまい、詳しく話してほしいと言い寄り……。
『ゲリラ豪雨は人災』→『?』→『ショッピングモールの館内で2000人を殺害する』
ゲリラ豪雨が人災だったとして、どうしてショッピングモールの館内で2000人を殺害するのか。その部分はふせられ、物語はすすんでいく。
殺害計画に知恵をかすのが、『五人委員会』というグループだった。その名のとおり5人の人物で構成され、男性が4人、女性がひとりである。
- 【化学工業研究所研究員】毒の作り方を指南する。
- 【大学経営学部講師】経営学やマーケティング学の実践のために、基本計画の策定と統括をおこなう。
- 【総研所員】人間行動学を研究していて、ターゲットとなる買い物客の動きを予想し、どのように動けば疑われずに目標を達成できるかを教える。
- 【医科大学に通う、医者の卵】毒をどのように使えば効率的に殺害できるかを伝える。
- 【女性社長】襲撃するショッピングセンターに出店しているので、内部情報を提供する。
上記の5人は知恵をかすだけであり、実行犯は女性ひとりなのである。『凪の司祭』の評価を見てみると、低評価が多く、散々な言われようだ。
ショッピングモールの館内で無辜の人間を殺しまくる。それに、殺害の理由もとうてい納得できない。たしかに低評価になるのもわからなくはないが、わたしは『二千回の殺人』おすすめしたいと思っている。
なぜなら、来館者の立場として読めば、パニックものであり……ショッピングモールの警備員、警察、機動隊員の視点なら、どうやって制圧や排除するかを考え、コンゲームものとして楽しむことができるからである。
そして、襲撃の理由はどうでもいい。どんなことを言われたとしても、テロ行為が正当化されることはないし、納得できるはずもない。
そのため、朝食のアジの開きが焦げたとか、自転車のタイヤがパンクしたとか、太陽がまぶしかったからとか、それらと同レベルの理由でいい。テロリストはそんなものであり、ふつうの人間には理解することができない。理解しようとするのはムダである。
わたしは機動隊員の視点で読んだが、たったひとりの女性テロリストに翻弄されて天を仰いだ。事前に準備して作戦をねり、守るべきルールもない。そのような相手に勝つことは、ほぼ不可能である。
この小説には、確実に学べることがひとつある。
台湾人の男女が登場する。物語の終わりごろに、女性が男性に言ったことが素敵だった。想定外の出来事に直面したとき、人の本質が露見するということを学べるのである。
不可抗力の事故で最愛の恋人を失った篠崎百代。彼女は復讐の為に、汐留のショッピングモールで無差別殺人を決意する。触れただけで死に至る最悪の生物兵器“カビ毒”を使い、殺戮をくりかえす百代。苦しみながら斃れていく者、逃げ惑う者、パニックがパニックを呼び、現場は地獄絵図と化す―。過去最大の密室で起こった、史上最凶の殺人劇。
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