今回は、五十嵐貴久氏の『PIT特殊心理捜査班・水無月玲』という傑作を紹介したいと思う。
五月十六日、水曜日午前十時、JRの職員によって上野駅(うえの)のコインロッカーで十一個の肉塊が発見されたのが、V事件の始まりだった。殺害した女性を解体し、それぞれのパーツをコインロッカーに並べて配置するという異常な猟奇殺人だ。
P17
上記の【V事件】の犯人を追うために、コンピューター犯罪特殊捜査官として警視庁に採用されていた主人公の蒼井俊(あおい・しゅん)が、捜査支援分析センターからPITに異動を命じられる。
PITとはPsychology Investigation Teamの省略で、捜査一課直属の捜査支援部署であり、心理学の手法を使って犯人像を分析することが仕事である。
そのPITの班長である水無月玲から強い要請があり、異動することになったのだ。主人公のビックデータ解析能力が必要だという。
パソコンとタブレットを屈指して、顔認証、歩行認証、スキンテクスチャー、虹彩認証などをおこない、ターゲットとなる人物を特定するのがビックデータ解析である。
そして、本筋の【V事件】は3件発生している。都内の会社で働く20代のOLで、身長160センチ前後、やや細身、長いストレートの黒髪、ひとり暮らしをしている。これらが3人の共通点だった。
4人目の被害者をださないために、ビックデータ解析とプロファイリングを組み合わせて犯人を追う。それと同時に、『2009年南青山弁護士一家殺人事件』と『弦養寺事件』のふたつの未解決事件は、同一犯による犯行だと主張する者があらわれる……。
しかし、関連性も共通点もいっさいないことから、プロファイリングとビックデータ解析のどちらも、同一犯ではないと判断するのだ。
「どうして同一犯だと思うのか？」
そう、同一犯による犯行だと主張する者に訊ねると、「刑事の勘」と答えるのである。捜査にもっとも必要なのは、プロファイリングなのかビックデータ解析なのか、それとも刑事の勘なのか……。
「Vの性別が男性というのは、過去の統計に基づく推論に過ぎないと言っている。欧米を中心に、世界中のシリアルキラーについて、水無月さんはデータを収集、研究している。何冊も本を出しているし、ぼくも読んだことがある。シリアルキラーの九五パーセントが男だ。だからVは男だという結論になるし、ぼくだってそう思っている」
「だったら、文句を言うのはおかしくないですか？」
それは確率的な答えに過ぎない、と俊は辺りを見渡した。
「ここがカジノだっったら、ぼくだってVが男だという方に持ってるチップを全部賭けるよ。赤か黒かみたいな、確率五〇パーセントのギャンブルじゃない。九十五対五以上の確率で男なんだから、借金してでもチップを張る。だけど、これは殺人事件だ。九九パーセントの確率だとしても、Vが男性とは断定できない。可能性が圧倒的に高いというだけの理由で、犯人の性別のような重要なファクターを決めてはならないだろう」
でも、それがプロファイリングの目的であり、意義でもありますと杏菜が言った。P41
警察組織の人間がみな、俊のような考え方だったらえん罪事件は起きないだろう。仮定がまちがっていた場合、結果もまちがうことになる。
『「毒婦」和歌山カレー事件２０年目の真実』という書籍を読めば、まちがった仮定を信じて捜査をすすめることの危険性が理解できるはずである。下記の記事の『13』で『「毒婦」和歌山カレー事件２０年目の真実』を紹介しているので、興味がある人は読んでみてほしい。
さいごに
『V事件』と『ふたつの未解決事件』。これらにプラスして、残酷な殺され方をした元刑事の遺体が自宅のリビングで見つかったり、【V事件】を解決するために女性警官を囮にした囮捜査をしたりと、読者をあきさせない工夫がされている。
元刑事の遺体が発見される場面はけっこうグロいため、そのような描写が苦手な人にはつらいかもしれない。しかし結末は予想外であり、おどろかされることはまちがいないだろう。
おもしろい作品なので、ぜひ読んでほしいのである。
ビッグデータ解析による犯罪予測システムの開発をしている蒼井俊は、連続猟奇殺人事件“V事件”の犯人を突き止めるため、プロファイラーの水無月玲率いるPITへの異動を命じられた。刑事の勘を信じ、俊に反感を抱く川名基三、玲を信奉する春野杏菜らとVを追っている最中、現職の刑事が惨殺される事件が発生して―。ノンストップ警察ミステリー!
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