大倉崇裕氏の『死神刑事(デカ)』を紹介する。主人公の儀籐堅忍(ぎどう けんにん)は地味で小太り、頭髪は薄く、黒縁の丸メガネをかけている。
銀行員、保険の営業マン、商社マン、――デパートの外商のようであり、それでいて、キャッチセールスの呼びこみのごとき、うさんくささも感じる。
P10
上記のように描写されている。「警部補 儀籐堅忍」という階級と名前だけ記された名刺を渡し、「警視庁の方から来ました」と毎回のように言うのだ。そのいっぷう変わった男が、無罪判決が下された事件の再捜査をするという内容である。
「どれだけ件数が少なかろうと、無罪判決の後ろには、いまだ野放しとなった真犯人がいるのですよ。そいつらをそのままにできますか? きっちりと裁きを受けさせなければ、大人しく刑務所に入っている者たちに失礼でしょう」
「……いや、まあ、失礼とまでは思いませんけど」
「被害者の無念を考えれば、マスコミなど、糞(くそ)食らえですよ」
「いや、しかし……」
大邊(おおべ)は本音をぶつけることにした。
「身内の誰も喜びませんよ」
「身内とは?」
「とぼけんで下さい。我々、警察組織です。無罪判決が出るということは、理由はどうあれ、我々には黒星です。特に、犯人の取り違えなんて、黒星の中の金メダルだ」
P15
事件捜査に携わった人物をひとり選び、儀籐が接触してきて強制的にコンビを組むことになる。その結果、身内が喜ばないことに協力しないといけないため、身内からは白眼視される。
協力者に選ばられた人物は不幸になることから、儀籐は死神と呼ばれているのだった。そして、本作は4つの事件を解決するという短編で、目次は下記のとおりである。
【目次】
- 死神の目P5〜
- 死神の手P83〜
- 死神の顔P155〜
- 死神の背中P217〜
死神の目
ひとり暮らしをしていた62歳の男性が刺殺された。第一発見者は被害者の甥だった。家内から五百万円が消えていたことから強盗殺人と考えられていたが、事件があった日に、甥がヤミ金に五百万円を返済していたことで逮捕される。そして、1年後に無罪判決がでたため、調査にのり出すのである。
会話文が多すぎる。地の文で2、3行ほど使えば説明できることを薄く引きのばしている。絵のないマンガを読んでいるような感覚に陥り、この章だけを読むと不満を感じるかもしれない。
死神の手
男性が自宅近くの路上でひき逃げに遭い死亡する。そのあと、ひき逃げを装った殺人との見方が浮上し、被害者の妻が自供したため、殺人の容疑で逮捕された。
儀籐は交通課の女性とともに、妻が無罪となった事件の真相をおうのである。『死神の目』よりは会話文は少ないが、それでも一定のスピードでスラスラ読めてしまう。
死神の顔
痴漢冤罪事件の話である。被害者は女子高生、被疑者は若い男、被疑者を取り押さえたふたりの男性。そして、交番勤務の男性警察官のところに、儀籐がやってくる。
「こんな事件、再捜査する意味があるんですか? 正岡は無罪になった。それでいいじゃないですか。別に、誰も困っていないんだし」
「誰も困っていない。本当にそう思うのですか」
P171
「誰も困っていない」とか……。まあ、しょせんは他人事であり、対岸の火事だと思っているのだろう。このような警察官がいないことを、わたしは願っている。
死神の背中
25年まえの誘拐事件を再捜査するという内容である。再審が認められ、無罪が確定し、25年ぶりに釈放された。
続発する誤認逮捕
最近の誤認逮捕で有名なのは、2012年のパソコン遠隔操作事件だろう。
この事件は、真犯人がインターネットの電子掲示板を介して、他人のパソコンを遠隔操作して、殺人などの犯罪予告を行ったサイバー犯罪だ。神奈川県警、大阪府警、警視庁、三重県警が、IPアドレスで特定したパソコンの所有者を被疑者と断定して、それぞれ合わせて4人の男性を威力業務妨害等の容疑で逮捕した。
ところが、三重県の男性のパソコンから、事件に関与したと思われるトロイプログラムが発見されたことから、再捜査したところ4人は事件には関係がないことが判明した。
4人は当初は否認したが、東京都の男性と福岡県の男性は「自白」し、東京都の男性は未成年のため保護観察処分となった。大阪府の男性は起訴されたが、起訴取り消し、東京都の男性は保護観察処分取り消し、ほかの2人は嫌疑なしの不起訴となった。
この事件は、IPアドレスだけを根拠にパソコンの所有者を容疑者と断定したこと、パソコンが遠隔操作されるなりすましの可能性が検討されなかったことが捜査上の問題点として指摘されているが、最も注目しなければならないのは、無関係の2人を「全面自白」に追い込んだことである。
P264〜265
上記は『警察捜査の正体 (講談社現代新書)』という書籍の内容を引用したのである。
「やったのか」と10回ほどふつうに問い詰められたとしたら、成人男性がやっていないことをやったと言わないだろう。いくら気の弱い人であっても……。
どのような取調を受けたのか、容易に想像できてしまう。無実なのに25年も拘束されていたらと考えると、いたたまれないのである。
さいごに
『死神の目』『死神の顔』の全半ふたつは、会話文が多いためスラスラ読める。このまま進んだら嫌だなと思いながら読んでいた。しかし、全体のバランスを考えると、会話文が多いことは気にならなくなる。
たぶん、計算されているのだろう。内容もおもしろいのでおすすめできる作品だが、わたしは出版社のやり方に怒りを覚えている。
本書の1行の文字数は42文字、1ページの行数が17行である。全体のベージ数は285ページ、ソフトカバー、1836円(税込み)。割高にもほどがある。ぼったくりと言っていいレベルだ。
ほかの小説をたしかめてみると、1行の文字数45、1ページの行数20、全体のページ数415、ハードカバー、1890円(税込み)。
比較してわかったことは、どう考えても本書は割高なのである。こんな詐欺みたいなことをやっていると、新品の書籍をだれも購入しなくなってしまうだろう。出版社はもうすこし考えたほうがいいと思う。おもしろい作品を台無しにしているということを……。
一年前に起きた『星乃洋太郎殺害事件』で、逮捕された容疑者に無罪判決が下された。時を同じくして、当事捜査に加わっていた大塚東警察署刑事課・大邊誠のもとに一人の男が現れる。男の名は、儀藤堅忍。警視庁内にある謎の部署でひとり、無罪確定と同時にその事件の再捜査を始める男だ。警察組織の敗北に等しい無罪判決。再捜査はその傷を抉り出すことを意味した。儀藤の相棒になる者は組織から疎まれ、出世の道も閉ざされることになる。その為、儀藤に付いた渾名は“死神”。大邊は、その相棒に選ばれ、否応無しに再捜査に加わることに―(「死神の目」より)。新感覚警察小説。
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