最近の著者の作品は、『「画竜点睛を欠く」とはこのことだな』というような作品がつづいていた。そのため、本作にあまり期待していなかったが、『死にゆく者の祈り』はすばらしい作品だったのである。
ということで、あらすじと感想を書いていくよ〜。
『死にゆく者の祈り』の【目次】
- 一.教誨師の祈りP4〜
- 二.囚人の祈りP59〜
- 三.救われた者の祈りP118〜
- 四.隠れた者の祈りP185〜
- 五.裁かれる者の祈りP247〜
- エピローグP313〜
主人公の高輪顕真という男は、浄土真宗道願寺に僧籍を置き、刑務所や拘置所といった矯正施設で教誨師として宗教を丁寧に教え諭している。そして、高輪が教誨師として拘置所の死刑執行に立ち会うところから物語がはじまるのだ。
死刑に立ち会った日の2日後、
「明日六日の集合教誨をお願いできませんか」P12
と、教誨師の先輩に頼まれるのだ。懇意にしていた人物が急に亡くなったため、供養しなければならないのだという。
代役を引き受けたのはそれが他ならぬ常法(先輩教誨師)の依頼であったこと、そして死刑執行の見守りよりは気が楽だろうという思いからだった。P13
そして翌日、東京拘置所で40人ほどの囚人をまえにして登壇したが、見憶えのある男が囚人のなかにいたのだった。特徴があるのは鼻である。団子鼻で、全体がうっすらと紫色の痣で覆われている。
見憶えのある男だったとしたら、「中学の理科の実験で誤って劇薬をかぶって以来、そのような鼻になってしまった」という理由なのだが、目のまえにいる男は同一人物なのだろうか……。
「鼻に痣のある男がいたでしょう。前列の中央に」
ああ、と田所は合点したように頷く。やはり鼻の痣で特定したらしい。
「あれは関根要一という男ですよ」
やはりか。
顕真の知り合いも同じ名前だ。それなら同一人物で間違いないだろう。P17
顔見知りの刑務官に訊ねたところ、知り合いだということがほぼ確定し、その男は5年ほどまえにひと組のカップルを殺害して死刑判決を受けたという。
ふたりの関係は大学の同期であり、山岳サークルもいっしょだったのである。それに、命の恩人でもあるのだ。
しかし大学を卒業した直後、賀状が転居先不明で返送されてからは、関根とは音信不通になってしまっていた。20年ほどのあいだ、1度も連絡をしていなかったのである。
関根は自分を犠牲にしてでも、だれかを助けるような人物だった。そのような人が突発的に男女ふたりを殺害したことに違和感を覚え、主人公は動きはじめるのだ。
そして、拘置所内の独居房内で関根と話すことにしたのだった。
「事件の概要は知っているんでしょう」
「見ず知らずの二人だった」
「その通りです」
「通りすがりに、その鼻を嗤われたと思った」
「それも、その通りです」
「嘘だ」
顕真は関根を正面から見据えて言う。
「あなたはそんなつまらない理由で衝動的に人を殺すような人間じゃない。それはわたしが一番よく知っている」
「人を殺す理由につまらないも素晴らしいもないでしょう。お坊さんの言葉とも思えませんね」
関根は少しおどけたように言う。これも昔ながらの物言いだ。
「どんな聖人君子だって虫の居所が悪い時がある。そんな時に自分のコンプレックスを嗤われてみなさい。ふと魔が差しても不思議じゃない」
「それにしても二人とも殺すなんて」
「普段理性的に振る舞っているヤツほど、いったんキレたら抑えが利かなくなる。人間の自制心なんて結構脆いもんですよ。まあ、徳を積んだお坊さんには縁のない話ですけどね」P30〜31
この会話の最後のほうで、「俺の個人教誨を引き受けてくれないか」と頼まれるのである。主人公からしてみても、個人教誨を受けたことで定期的に会うことができるため、事件のことも聞けるだろうと、思いをめぐらせるのだ。
だが刑務官のひと言によって、不安が押し寄せてくるのである。
「二四一二号とはお知り合いだったんですね」
刑務官が問い掛けてきた。無視する訳にもいかないので、適当に相槌を打っておく。
「東拘(東京拘置所)では、知り合いの個人教誨は禁じられているんですか」
「いえ、そんなことはないのですが、顕真先生も二重の意味でお辛いのではないかと思いまして」
「何故でしょうか」
「どうしたって二四一二号は死刑囚ですからね。教誨した者の死刑を目の当たりにするのはしんどくありませんか。それが旧知の仲なら尚更」
思わず顕真は足を止めた。
何ということだ。月に一度会えるという事実に目が眩んで、肝心なことをすっかり失念していた。P33
最悪の場合、目のまえで友人が死ぬところを見なければならない……いつ死刑執行されるかわからない友人のために、主人公は恩人を救うことができるのか……という物語なのである。
法務大臣が死刑執行命令書にサインしたとき、5日以内に刑を執行しなければならない。
つまり、タイムリミットがいつなのかわからないので、読者はハラハラしながら読まざるをえない。
- 判決文が記載されているため、少し小難しい
- 伏線を張るのに弱気になっている
上のふたつが欠点である。ちょっと硬めの内容と文章が苦手な人は、「1」のところを読むことがつらいかもしれない。しかし、10ページほどしかないので、我慢して読んでみてほしい。ここがあるから読まないというのは、もったいないと思う。
顕真は判決文を読み終わるなり深い溜息を吐いた。
専門用語の頻出と硬質すぎる文章は読みづらいことこの上なかったが、内容はその瑕疵を補って余りあるものだった。P48
「2」に関しては、もっと伏線の数を増やすか、もっと伏線が大胆だったらよかったと思う。まあ、それは贅沢を言えばの話である。



最近の上の3つの作品が画竜点睛を欠いていたので、『死にゆく者の祈り』もラストをおざなりにするのではと警戒していたが、後半からいっきにおもしろさは倍加するのだ。読後感もいいので、おすすめの作品である。
まちがいなくおもしろい。ぜひ手にとってほしい!
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