深水黎一郎氏の『第四の暴力』の帯には、
「男の怒りが未来を変える――あなたならどちらを選ぶ?」
「深水黎一郎が究極の選択を読者に迫る!」
「テレビでは絶対取り上げられない、近未来の絶望世界を描いた問題作」
と書かれている。
おもしろそうだぜ!購入しちゃうぜ!
そうなったわけである。スギちゃんを意識したわけではない、ということは声を大にして伝えておきたい。
それではさっそく、あらすじと感想を書いていく。
【『第四の暴力』の目次】
- 生存者一名あるいは神の手P5〜
- 女抛春の歓喜-樫原事件のない世界P69〜
- 童派の悲劇-樫原事件のある世界P129〜
「生存者一名あるいは神の手」の冒頭は、主人公の樫原悠輔が金策のために伯父貴の家に行き、そのままそこに泊まったという。金を借りに行ったわけではなく、約束した期日がとっくに過ぎているのに返してもらえないため、督促しに訪問したのだ。
しかし、
こんなことを言わなければならないのは大変不本意なんですが、私の方も銀行からの借入金の返済日が迫っていまして、と言いかけるとすぐに伯父貴は、まあまあそんな話は後にして、とりあえず久闊を叙して一杯いこうやと言って来た。車で来ているのでと断ったが、まあまあ一杯だけならいいだろうとしつこい。もともと伯父貴は無類の酒好きであり、俺も決していけない口ではないので、付き合っていたら小降りだったものが大雨に変わって帰れなくなったのだ。
翌日俺は朝早く目覚めた。
P6〜7
はぐらかされて金を返してもらうことができなかった主人公は、仕方なく村へ帰ることにしたのである。
異変に気付いたのは、村の入り口に何とか辿り着いた時だった。
最初は道を間違えたのかと思った。見慣れたいつもの家並みがどこにもなく、その代わり地面が隆起してめくれたかのように、泥と土砂があたり一面を覆っているのだ。P8
山村は集中豪雨で崩壊し、村人は全滅したと思われていたが……主人公はただひとりの生き残りなのか……。そのあと、隣の村の小学校に避難することになり、待ちかまえていたのはマスコミの人間だった。
「無事死亡、無事死亡!樫原一家三人、無事死亡!」
どこかで誰かが、何かの端末に向けて大声で怒鳴っているのが聞こえた。
無事死亡?
俺はボロ雑巾がいっぱい詰まっているような、ぼんやりとした頭で考えた。一体それはどういう意味なんだ?
無事救出ならばわかるが、無事死亡ってどういうことだ?
それって日本語なのか?
「一人生き残った父親のコメント絶対に取れって!」
そして次の瞬間俺の目に、神の手を持つあの女性アナウンサーが、カメラに照明、音声たちを全員引き連れて近寄って来る姿が映った。P37
ここでひと悶着あり……その5年後に、またしてもマスコミの餌食になるのだ。「生存者一名あるいは神の手」のラストは、
どちらか一方をお選びください。あなたの選択によって、世界の未来が変わります。
①いいとも!(俺の怒りの発露は、のちに「樫原事件」と呼ばれることになる。一ニ九頁より第三話『童派の悲劇』へお進みください)
②やめておいた方が……。P66
②を選択して暴力事件を起こさなかった場合の未来が、『2』の「女抛春の歓喜-樫原事件のない世界」
①を選択して暴力事件を起こした場合の未来は、『3』の「童派の悲劇-樫原事件のある世界」
【『1』→『2』→『3』】【『1』→『3』→『2』】と、ふた通りの読み方ができる。しかし、わざわざ【『1』→『3』→『2』】と読んでも面倒なだけなので、順番どおりに進めばいいと思う。
『2』の主人公は、プロデューサー兼ディレクターで、関西弁をしゃべる男性である。部下のADを罵倒したり暴力を振るったりして、傍若無人な人物だ。
『3』の主人公は、国際的大企業の正社員で、エリートサラリーマンなのである。テレビ業界の話を冒頭から描いている『2』とちがい、どのように展開するのか推測できない。どちらもぶっ飛んだ話なのだが……。
「悪ふざけ」が許せない大真面目な人におすすめすることはできない。たとえば、
「うん、間違いないわ!誰も気付いていないけど、あたしにはわかる。あのカンナで削ったような鋭い顎のライン。愛用のレイバンのサングラスのかけ方。あれは絶対そうよ。砂利垣太麗さんよ!」
「はあ」
「やだやだ。サインもらちゃおうかしら。でも迷惑かなあ。何かの打ち合わせかも知れないし……。でもこの機会を逃したら、一生後悔するかも知れないし……」
「誰?」
「本当に知らないの?」
俺が首を横に振ると、琴音は陶然とした顔のまま、その砂利垣というタレントのデビュー曲から最近のヒット曲、出演したドラマの名前からその役柄までを、事細かに喋りはじめた。若手の男性タレントを養成することで知られるジョイナス事務所の出身で、最初はジャリガキ隊という三人組のグループの一員としてデビュー、ジャリガキ隊の解散後はピンでドラマやバラエティに大活躍、ポストドウタクの一番手と目されているとのことだった。P186〜187
ドウタクとは、若手俳優ナンバーワンの堂林拓一である。
ほかにも、ロックバンドの『ムナ・シー』というのがでてくる。公開収録の音楽番組で、司会の爆発問題が「ビジュアル系バンド」と紹介したことに怒って、演奏しないで帰ったのだという。
三人組のジャリガキ隊、ロックバンドのムナ・シー、司会の爆発問題……どう考えても悪ふざけである。それに、読了したときにタイトルを思いうかべると、ニヤニヤしてしまう。
皮肉たっぷりな、ブラックユーモアが好きな人におすすめしたい作品である。
集中豪雨で崩壊、全滅した山村にただ一人生き残った男を、テレビカメラとレポーターが、貪るようにしゃぶりつくす。遺族の感情を逆撫でし、ネタにしようと群がるハイエナたちに、男は怒りが弾け、暴れ回る。怒りの引き金を引いた女性アナウンサーは業界を去り、男は彼女もまたマスコミの犠牲者であったことに気づく。その二人が場末の食堂で再会したのは、運命だったのか、それとも―。強烈な皮肉と諧謔が、日本に世界に猛威を振るっている「第四の暴力」マスコミに深く鋭く突き刺さる!日頃抱いているギョーカイへの疑問と怒りが痛快に爆発する問題作、激辛の味付けで登場!!
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